歪み合い



気に入らない。
話しているのは友達で、話してる内容は昨日のドラマの話しで、向けている笑顔は万人用。
それでも気に入らない。
むかつくむかつくむかつく


俺が松岡とそういう仲になったのは半年前だ。
そういう仲っていうのはまぁいわゆる恋人というやつ。
松岡は男。俺も男。
俺たちの仲は公言していない。
俺たちが通っているのは男子校だ。男同士のカップルはちらほらいる。決して多くはないけれど。
そういうカップルが迫害というか、白い目で見られるような風潮はこの学校にはない。好きにしろという感じだ。それでも俺たちの仲は秘密のものになっている。
松岡が、そうしようと言ったから。
俺は公表しても構わなかったのだけれど。むしろ言いふらしたかったくらいだ。
松岡は可愛い。周りには平凡だのフツメンだの色々言われているけど、奴らは目が腐ってるんだと思う。
とにかく松岡は可愛い。だから公言して、松岡は俺のものって言いふらして、悪いムシがつかないようにしたかった。
だけど松岡は内緒にしようと言った。
不満はあったけど、松岡のお願いなら聞かないわけにはいかなかったし、俺は二つ返事で承諾した。
だから俺たちは学校では普通の友達のように接している。少し、他より仲のいい友達程度だ。
家とか、学校外ではそれはもう松岡を溶けるんじゃないかってくらい愛でているけど、学校では必要最低限以外触ることもしない。
本当は四六時中触って舐って吸って嗅いでいたいくらいだけど。
まぁそんな状態だからか、松岡が楽しそうに友達と話していて、時々軽いボディータッチされてたりする今の光景が気に食わない。
あんな松岡に群がるやつら、友達と呼ぶのもおこがましい。ウジムシだ。ウジムシ。きもちわるい


「松岡」
「ん、富沢?」
「かえろ」

俺はもう我慢出来なくなってガタンとわざと音を立てて椅子から立ち上がり、鞄を乱暴に掴んで松岡の前に立った。
松岡はきょとんとした顔で俺を見上げて、ウジムシ共は驚いたように俺を見ている。
きょとんと首を傾げる松岡は犯罪レベルに可愛い。ああでも今ここでそんな顔したらウジムシ共も見ちゃうわけでそれってムカつくな。
かわいいむかつくかわいいむかつく、ああ可愛い!

「え、と…富沢、まだ昼休みだぞ?」
「うん。でも帰ろう」

まだ戸惑った表情をみせる松岡の鞄を勝手に担いで、松岡の腕を引いて立たせる。
周りが何事かとひそひそ騒いでるけど気にしない。
松岡以外の声なんて雑音騒音BGM。

「具合でも悪いのか…?」
「ん?んー、…そう、うん、そうそう、具合悪いの。ね、だから帰ろう」

別に具合悪いわけじゃないけど。とにかく今はこの場から松岡を連れ出したい。
こんなウジムシの巣窟にいつまでもいさせられない。

「はぁ…わかったよ。…ごめん、先生には適当に言っておいてもらっていい?」
「あ、ああ、任せろ」
「ごめんな、たのむ…っ、痛いよ富沢!」
「行こう、はやく」

松岡がまたウジムシと喋りだしたから俺は腕に力を入れて強く松岡の腕を引っ張った。
痛がったけど、まぁそんな松岡も可愛い。今はとにかく早くここを出たい。

「わかったから引っ張るなよ富沢っ!」

はやくはやくはやく。
ぐいぐいと松岡の腕を引っ張って俺は教室を出た。
後ろで松岡が何か言っているけど、もうとにかく早く学校を出て二人になれるとこに行きたくて俺は普段なら一文字も聞き逃さない松岡の声も総スルーで足を進めた。





「で、どうしたんだよ、急に」

あのまま勢いを変えずに俺の家まで来て、現在俺の部屋。
俺のベッドの上で二人で並んで向かい合っている。
松岡の顔は少し不機嫌そうに、眉間に皺がよっていた。

「…」
「…?どうした?」

黙って松岡を凝視する俺に、松岡は少し眉間の皺を緩めて心配そうに俺の顔を覗き込む。
俺の部屋に松岡がいて、俺だけを見ていて、俺のことだけ考えてて、俺にだけ話しかけてる。
そのことに、さっきまでのどろどろとしたものが一気に浄化されていった。

「まつおか…」

静まった感情に脳が一気に冷えていく。
途端にさっきまでの俺がまるで他人のように感じられた。
俺、なにした。
教室で、まだ昼休みで、他の奴らたくさんいて、そんな中で俺は松岡の腕を強引に引っ張って学校を飛び出した。
俺は友達をウジムシとか思っていた。
松岡を取り囲む俺以外の全部が邪魔で消したくて仕方なかった。
それらは全部、ついさっきまで俺が確かに抱いていた感情で、実際にした行動だ。
鮮明で、でもどこか夢の中のような感覚に、俺は混乱する。
変な汗が背中を伝って、手が微かに震えだす。
なに、これ、やだこわい。

「富沢?富沢、大丈夫?本当に具合悪かったのか?」

ふわり、心配そうな声とともに松岡のあたたかい掌が俺の頬に触れる。
その瞬間にポロリと俺の瞳から涙がこぼれた。

「松岡っ…」
「わっ…」

頬に添えられた手を掴んで引き寄せて、松岡を腕の中に閉じ込めた。
ぎゅう、と力を込めて抱きしめる。
松岡が苦しそうに身じろぐけれど、力を緩めてあげられない。

「松岡、松岡っ…」
「ちょ、くるし…痛いよ、富沢っ!」

初恋が、松岡だった。
理由はわからないし、いつからだったのかも正直わからないのだけれど、松岡が愛しくてたまらなくなっていた。
優しくしてあげたいし、松岡の望むことならなんだってしてあげたいと思う。
思うのに、松岡が俺以外の奴と話したりしているのを見るとどうしてもあの赤黒い、ドロドロした感情に足元からのまれる。
俺以外を見て、俺以外に笑いかけて、俺以外に声を聞かせるのが気に食わない。
どうして俺だけ見てくれないのどうして俺だけじゃだめなのどうしてどうしてどうして
前は我慢出来たのに、最近は抑制がきかないほどそのドロドロとしたものは大きくなっている。

「すきなんだ、だいすきなんだ…」
「と、みさわ…」

ボロボロと、涙が止まらない。
腕の中の松岡はいつの間にか大人しくなって、俺の背中にその腕を回してくれた。

「怖いんだ、すきすぎて…」
「え?」
「お前のこと、好きすぎて、こわい…。大事にしたいのに、いつか、壊しちゃいそうなんだ」

今だって、こんなに苦しい。
なにこれ本当。人を好きになって、片想いなんかじゃなくて、松岡も俺をちゃんと好きでいてくれてるのに、こんなに苦しい。
世の中の恋人達をみて、なんて幸せそうなんだろうって思っていたのに。あんな風になりたかったのに。

「誰にも見せたくない、触らせたくない」
「…」
「どこかに閉じ込めて、俺しか見えなくして、松岡の世界に…俺しかいなくなればいいとか、考えちゃうんだ」
「…うん」

腕の力を緩めて、松岡との距離を少しとって、向かい合う。
けれど俺は俯いて、松岡の顔を見られない。
こんな汚い感情持ってるって知ったら松岡は俺を軽蔑してるんじゃないだろうか。
今、そんな目で見られたら、もう俺は何をしてしまうかわからない。
ああもう、何もかもただこわい。

「俺もすきだよ」

松岡が、いまだに俯く俺の頭を抱え込むようにして、抱きしめてくる。
トントン、と微かに聞こえてくる心音にほ、と安心する。

「俺も富沢がすきだよ」
「…うん。うん、松岡」

松岡の胸に顔をうずめたまま、少しずつ引いていく涙を拭った。







だから俺は気づかない。
松岡が、ニッコリと、歪んだ笑みを浮かべながら俺を抱きしめていたことなんて。












歪んだのは、どっち




(ごめんねこんなに苦しめて)
(でも顔も良くて人気者のお前を俺だけのものにする方法が、これしか思いつかなかったんだ)









END





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