いつもなら、日数ギリギリで通う学校が終わった後はすぐさま家に帰って漫画やアニメを見ている時間だっていうのに。
なぜ俺はこんなところでゴムで出来た人を脅かすためのおもちゃのゴキブリなんて眺めているのだろうか。



きみに必要なこと*ふたつめ




「キミちゃんこれ似合うよ!」
「似合わないから戻してこい」

そう言って浅田が持ってきたのはコスプレ衣装だった。ぶっ飛ばしたい。
結局放課後浅田に捕まって、浅田いわく放課後デートに連れて行かれた。
何気なく寄った百貨店のパーティーコーナーにあったコスプレ衣装をニコニコと持ってきて俺に似合うと言い放った浅田は目が腐っている。
ミニスカセーラー服が似合うわけない。似合っても嬉しくない。

「えぇー、絶対似合う可愛いよー。買ってあげるから着てよー」
「買ってあげるってなんだ。恩着せがましい言い方すんな頼んでない」
「キミちゃんのケチ!じゃぁ俺が着るから!」
「何でだよ」

浅田は顔はいいけれど体格がしっかりしているからギャグにしかならない。
俺の前でそれを着て笑いをとる必要もない。
本当に意味わからない奴だ。

「ってか、用がないなら帰るぞ」
「え、ヤダヤダ!せっかくのデートなんだよ!?まだまだ放課後は始まったばっかりだよ!?」
「だからって意味もなくダラダラしてんの時間もったいないだろ」

俺は適当なパーティーグッズを手に取り、見る気も無しに眺めながら答えた。
せっかくのデートも何も、俺は望んでここにいるわけじゃないのに何て無意味な時間なんだろう。

「…俺は」
「え?」
「俺は、キミちゃんといるだけで…楽しいよ。意味…なくないよ」

浅田はニコ、と笑って言った。
もし俺が女の子だったらその一瞬でおちてしまいそうなほど極上の笑み。
思わず手に持っていたパーティーグッズを落してしまった。

「ば、なっ、何、恥ずかしいこと、言って…!」
「キミちゃん真っ赤!可愛い!」
「!?ばかやめろ!ここは店ん中だぞ!」
「キミちゃんが可愛すぎるせいー」
「意味わかんねぇよ離れろ!」

狼狽えた俺に浅田は先ほどまでの笑顔をデレっとだらしないものへと変えて俺に勢いよく抱きついてきた。
顔が尋常じゃなく熱い。
こんなイケメンにあんな顔であんなこと言われたら、男だって照れるに決まってる。
ましてや今コイツはキューピッドの矢のせいで俺に惚れてるんだから、コイツが発するそういう言葉は全部本気の愛がこもってる。
今までエロゲのキャラにしか愛を囁かれたことのない俺が、狼狽えないわけないんだ。

「っ、もう帰る!」

なんだか途端にものすごく恥ずかしくなった俺は浅田を思い切り振りきって店の出口に向かって歩き出した。早足で。

「ちょ、キミちゃん!待ってよ、待って!」

あわてた様子で浅田が追いかけてきて、俺の肩に手を置いて俺を引き留める。
その勢いでぐる、と浅田の方を向かされた俺は恥ずかしさでいまだに顔が熱い。きっと真っ赤のままだ。

「っ、」
「?」

俺を振り向かせた浅田が一瞬息をつめた。
そんな浅田の反応に俺は眉を寄せる。
そんな息詰めるほど酷い顔してんのか俺。まぁ浅田と違ってもとからいい顔もしていないけど。

「な、んて顔してんのキミちゃん…」
「?なんだよ…」
「もう…天然なわけ?」
「だから何なんだよ?」

浅田の言っている意味が分からない。
首を傾げる俺に浅田ははぁぁと深いため息を吐く。

「そんな赤い顔して、目じりに涙ためて…泣くの我慢してるみたいな顔、反則」
「なにが…」
「えろいって言ってんの」

何言ってんだコイツ。本当に意味がわからない。
俺は泣いてもいないし、泣きそうにもなっていない。浅田が言うような顔はしていないと思う。
俺が訝しげに顔を歪めると浅田はふ、と困ったような笑みをつくった。

「ごめんね、いじめるつもりはなかったんだよ?キミちゃんが可愛くてつい…。からかいすぎちゃったね?」

そう言いながら俺の頭をさらさらと撫でた。
浅田の手がさらりさらりと髪を梳くたび、何でか俺の胸がぎゅう、と掴まれたような感覚になった。
なんだこれ、このむず痒い感じ。でも、ちょっと心地いい。
浅田にキューピッドの矢が刺さってから二週間、過剰にスキンシップをとられてはいたけど、こんな優しく触れられたのは初めてだった。
結構ひんやりしてんだな、コイツの手は。
俺は、降りてきた浅田の手に無意識に頬をすり寄せていた。


「ああもう、本当、可愛すぎるから、キミちゃん…」
「?」

少し頬を染めて困ったように、でも嬉しそうにため息を吐く浅田は少し可愛かった。
言っている意味はよくわからなかったけれど。









『すいぶん楽しそうだったじゃない』
「は?」

あの後、浅田のお気に入りのショップやらゲームセンターやらに連れまわされ、帰宅した。
ゲームセンターのクレーンゲームで浅田がとってくれたぶっさいくな猫のぬいぐるみを枕元に置いて、その横で寝転がりながら漫画を読んでいた俺にミルクさんが突然声をかけてきた。

『今日。すごく楽しそうだったじゃない、公人』
「え、そう…?」
『ええ』

今日、浅田と遊んでいる最中、もちろんミルクさんもいた。
おとなしく黙って後を着いてきていた。

「ま、まぁ…誰かと放課後あんな風に過ごすとか、初めてだし…」

俺は、続きが頭に入ってこない漫画を閉じることなく読むふりをしながらミルクさんの言葉に答える。
中学は入ってすぐ、もともとの暗い正確や、地味でもっさりした外見のせいで根暗オタクといって軽くいじめに合っていた。
テレビとか漫画とかで見る壮絶ないじめじゃないにしろ、俺の心に傷をつけるには十分なものだった。
そして俺は他人と接するのが怖くなったんだ。
突然いじめの対象にされて、中学にあがるまでは仲良くしていた奴らもほとんど俺と口をきいてくれなくなった。
そのことは余計に俺を傷つけて、だったら最初から誰とも関係を持たない方が楽だと思った。
そうやって俺はギリギリの日数しか学校に行かないような、半引きこもりの人間になっていったんだ。
高校は同じ中学の奴が一人もいないところを受けたから、高校に入ってからはそういういじめとかはなくなったけれど、相変わらず友達なんて出来るわけもないし作る気もなかった。
だから、ノリ気でなかったとはいえ、今日浅田に放課後連れまわされて楽しくないはずがなかった。
むしろ、すごく楽しかったんだ

『彼に恋できるんじゃなぁい?それとももうすでに恋に落ちちゃってたり!』
「それはない。あくまで、友達と遊んで楽しかったとか、そんな感じだから」
『やぇねぇ、つまんない』
「面白さを求めないで」

ミルクさんは唇をとがらせて気がそがれたとばかりにそっぽを向いた。
その態度に少しイラっとしながらも、俺は再度漫画に目を落した。

浅田との関係を、友達と称していいものか悩むところではあるけれど、そう、友達としては好きになれる。
浮気性でちゃらんぽらんと言われるのに人気者なだけあって浅田はいい奴だ。
でもそれだけ。
恋愛として、アイツを見ることはない。俺は女の子が好きだ。ついでに言うと巨乳が好きだ。
容姿が整っているとはいえどこから見ても男で、体格だって俺より俄然いい浅田に、恋愛感情を抱く日が来るとは思えない。
浅田だってキューピッドの矢にあたったから俺に惚れているだけなのだし。
それでも、放課後俺の手を引いて楽しそうに前を歩いていた浅田の後ろ姿だとか、優しく俺の髪を梳くあの冷たい手だとかを思い出すと、少しだけ胸の奥がきゅ、と音を立てたような気がした。










外で遊ぶこと












「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -