「キミちゃんおっはよー!」
「…っ、」
「あー、今日もキミちゃんは可愛いー」

朝下駄箱で靴をスニーカーから上履きへと履き替えていると、背中に衝撃。痛い。

「…浅田…重い。いきなり飛びつかないで…」
「ごっめん!どっか打ったりした!?」
「…いいから離れろ」
「それはヤダ」

頬にすりすりと自らの頬をすり寄せてくる浅田にため息。
なんだってこんなことになってしまったのだろうか…



きみに必要なこと*ひとつめ




ことの起こりは二週間前。
その時は俺、小山内公人(オサナイ キミト)と奴、浅田弘樹(アサダ ヒロキ)はただのクラスメイトだった。
しかも、俺は軽い引きこもりであまり学校に行っていなかったし、対する浅田はその整った容姿と気さくな性格からクラスはおろか学校の人気者だったため、接点など無いに等しかった。
俺は、中学の時に軽いいじめに合っていて、その時から引きこもり体質になってしまった。
高校に入ってからも、ギリギリの日数しか登校していなかったし、外にもほとんどでなかった。
将来に不安がないわけではなかったけれど、外に出て他人と触れ合う方がよっぽど怖かった。
そんな俺の前に、天使が現れた。
キザな思考回路なわけでも、幻覚でもなく、まぎれもなく天使。

『正確にはキューピッドよ、公人』

そう、この人。キューピッドのミルクさん。
キューピッドだの天使だのといえば、それはもう見ているだけで心洗われるようなイメージだが、ミルクさんはそんなものぶち壊した外見をしている。
ブリーチで抜き染め上げたような汚いブロンドに、これでもかというほどバッサバサの付けまつげ、目の周りのアイラインはもちろんのこと化粧もばっちりキメたぶっちゃけギャルだ。
渋谷とかにたくさんいる、女子高生のギャルだ。こわい。
強いてギャルっぽくない部分といえば手首に巻かれた青いリボンだ。普通シュシュ…?とかジャラジャラしたブレスレットとかなんかそんなんじゃないんだろうか。よく知らないけれど。
このギャルキューピッドのミルクさんが、二週間前突然俺の目の前に現れたんだ。
エロゲおかずにもうすぐ発射寸前だった俺の目の前に。
もうなんか死にたかったね、さすがに。いっそ殺してくれっていう心境だった。
いきなり目の前に人が現れて思考回路も発射寸前だった俺のナニも右手も固まった。息さえも一瞬止まってたと思う。
そんな俺にミルクさんは何もなかったかのように「あんたの恋を叶えてあげる!」とものすごいいい笑顔で言い放った。



『いーなぁ、公人。そんなイケメンに好かれて』
「…」
「っ!い、たっ、痛いよキミちゃん!何急に!?」
「ウザいからいい加減離れて」


浅田を背に背負ったままなんとか上履きに履き替え、下駄箱に靴をしまう。
そんな俺にミルクさんはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて話しかける。
ミルクさんは俺にしか見えない。もちろん声も俺にしか聞こえない。
だから外でミルクさんに話しかけられても俺は無視する。
しかも言っている内容が気に食わない。イケメンに好かれていいだと?ふざけんな
こうなったのはお前のせいだろ。
俺はミルクさんに対するイライラを、いまだ背中に張り付いて俺の体のそこかしこを触ってくる浅田に肘鉄を食らわせることで紛らわせた。

そう、突然「恋を叶えてあげる」と言って現れたミルクさんのせいで今俺はこの浅田弘樹に大変好かれてしまっているのである。

ミルクさんはキューピッドで、人間の恋を成就させることで昇級していくらしい。
そして目標の人数に達したら次の生に生まれ変われるんだとか。その辺はよくわからない。
そんなミルクさんは、今回俺の恋を成就させると、性別がもらえるらしい。それは次の生に関わってくる重要なものらしくミルクさんはそれは必死だった。
そう、ミルクさんは現在性別がない。ギャルの格好をしていて、おっぱいはついているがちんこもついている。
ミルクさんは俺の恋を叶えてちんこをとってもらうんだって言っていた。すごく複雑な気持ちになった。
だが残念なことに俺は恋なんかしていない。
中学から半引きこもり人間で、エロゲで自分を慰めている俺が恋なんてしているはずがない。
なぜミルクさんが恋もしていない俺のもとへやってきたのかは謎だがとにかく俺は恋をしていない。つまりミルクさんを昇級させてあげることができない。
諦めて帰ってくれと言ったのだけれど、一度ターゲットオンしてしまうと成就させるまで帰ることはできないのだと返された。面倒くさいシステムだ。
「適当な女の子でいいから言いなさいよ、そしたら私のこのキューピッドの矢でその子をあんたの虜にしてあげるから」
という非人道的なミルクさんの言葉に俺はキューピッドというもののイメージを完全に崩壊させられつつ、仕方がないようなので頷いた。
果たしてそれが恋なのかどうかは甚だ疑問だったけれど。
そうして俺は久々に学校にやってきて、好きとまではいかずとも多少目を引かれる存在だった、クラス1の美人巨乳の笠岡美麗さんに申し訳ないながら俺の恋の相手になってもらおうと決めた。
とりあえず適当な女の子に矢をうって、俺に虜になっていただいて、俺もその子に恋をしようという作戦だ。全く持って最低な作戦だけれど、恋のキューピッドがそうしろというのだからもうどうでもいい。
そしていざミルクさんが矢をうった時に事件は起きた。
笠岡さんめがけて飛んで行った矢が、突然動いて笠岡さんの前に立ちはだかった浅田に命中してしまったのだ。
その時の俺の胸中といったらミルクさんが目の前に現れた時の比じゃないほどに死にたいと絶叫していた。
キューピッドの矢で射ぬかれた浅田は、それまで俺の存在なんて空気とでもいうように見向きもしなかったのに、俺のもとにすごい勢いでやってきて愛の言葉をつらね始めた。
クラス一の美人巨乳と恋に落ちる予定が、俺よりも体格も顔もっていうか何もかもいい男に恋に落ちられてしまったのだった。


「キミちゃん、今日放課後暇?」
「忙しい」
「嘘でしょ?照れなくていーよ!デートしよう」
「お前バカだろ?どう見たら俺が照れてるように見えんの。あとデートなんかしないからな」
「あーキミちゃんすきー」
「もうヤダお前…」

矢で射ぬかれ俺の虜になってからというものの、浅田はずっとこの調子だ。
一分一秒も惜しいというように俺にベッタリだ。
最初は浅田に群がっていた女子や、浅田と仲の良かった男子に妬まれ、ささいだが嫌がらせもされた。
しかし三日目には「あの浮気性でちゃらんぽらんだった浅田が本気になるなんて!みんなで応援しよう!」とすっかり受け入れモードである。
おかしい絶対俺転校しようかな…
っていうか今までその浮気性でちゃらんぽらんな奴が人気だったのはやっぱ顔がいいからか?最低だ。


「ほら、予鈴鳴っただろ。席戻れよ」
「えー…キミちゃんと離れたくない」
「無茶言うな。ほら先生もきたから」
「じゃぁ放課後デートしてくれる?」
「何がじゃぁだよいいから早く席行け」
「冷たいなぁ。そんなとこも好きだけど!」

ちゅ。と軽いリップ音を立てて俺の頬にキスをして浅田は席に戻っていった。
最初こそこの浅田の行動に動揺しなんてことするんだと憤慨もしたが、二週間毎日やられたらさすがになれる。
俺は制服の袖で浅田の唇が触れた頬をごし、と強めに拭いた。

『あんないい男に惚れられて何が不満なのよ?』
「…」

キューピッドの矢を使って浅田が俺に惚れてしまったとはいえ、肝心の俺が浅田に惚れていない。
それはつまり俺の恋が成就したことにはならない。
だからミルクさんはいまだに俺のところにいる。
周りに見えないミルクさんに話しかけられ、俺はため息をつきながらノートと鉛筆を取り出し、そこに返事を書いていく。

"いい男だろうと男だろ。俺は女の子がいいんだ"
『性別にこだわるなんてちっちゃい男ねぇ』
"その性別欲しさに恋もしていない俺を選んだミルクさんには言われたくない"
『言ってくれるわね』

SHR中、ノートを使いながらミルクさんと会話をしていると、目の前にころん、と丸められた紙が飛んできた。
ガサガサとそれを広げるとそこには綺麗な字。

"お昼一緒にたべようね。キミちゃんだいすき!"

俺は紙を再びぐしゃぐしゃと丸めてため息を吐いた。
チラリと浅田の方を向くと、ニッコリそれはもうだらしなく顔を緩ませたイケメンがヒラヒラと俺に手を振っていた。
ああもう、どうしろっていうんだ。










学校にいくこと






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