がんばれ会長


「それで、直樹ってば毎晩激しくてもう俺お尻がどうにかなっちゃいそ…あ、直樹からメールきた!じゃぁ会長また!」
「…ああ…またな…」

ガラピシャ!と勢いよく生徒会室の扉が閉まり、室内はやっと静寂を取り戻した。

昔から、あれ、俺って苦労性?と思うことはあった。
けれどそういうことは自分で思ったらお終いだと思っていたから、あまり考えないようにしていた。
たとえ生徒会役員の中で、俺以外が全員何故かデキていて会議中も仕事中も行事中も所構わずイチャイチャイチャイチャしていて基本はハブにされているのにいざとなったら悩み相談だのなんだのと頼られるのも深く考えないようにしていた。
だがしかし、もういいだろう。
俺は苦労性だ。いや、もはや不憫だ。
それ以外形容しようがない。あるとしたら可哀想な人だが、それはなんか別の意味に聞こえる場合があるから却下だ。

今さっきまで、俺の目の前で俺の出した茶菓子をモリバリ食べながら下品な話をしていた平凡は俺の元・想い人だ。
なぜ元なのかと言うと、失恋済だからだ。
この平凡には恋人がいた。
最初は恋人が冷たいとか言って泣いていた平凡だったが、何だかんだとラブラブだったらしく俺は勝負をかける間もなく惨敗した。
相変わらずこの平凡を可愛い愛しいとは思うものの、以前のような恋的な意味のそれではなくなった。
何というか弟的なペット的なそんな可愛いだ。
かと言って、想い人であったことには変わりなく、そんな奴の下事情な話をこんな風に聞かされるなんてたまったもんじゃない。
けれどこの平凡は俺に懐いているからか、こうしてよく俺の所へ恋人との惚気話をしにやってくる。
もう完全に諦めてるとはいえ、好きだった奴の惚気をはいはいと聞いてやる俺まじ健気。
そして奴は惚気話を話すだけ話して満足したら帰る。
なんという下痢野郎だ本当に。
どうだろう、これで少しは俺の苦労性っぷり、いや、不憫っぷりがお分かりいただけただろうか。
え?そんなに不憫じゃない?まぁ待て。これだけじゃないんだ。
ほら、みんな覚えてるか?あの平凡の恋人の直樹とかいうのに言い寄っていた転入生を。
あれがな…今俺の最大の悩みなんだ。

「あー、やっと出て行ったよあのゲロ平凡野郎ー」
「…ゲロは言いすぎだ」
「はぁ?だってアイツまじ俺の癪に触るんだよ。直樹も取られちまったしよー。あームカつく」

平凡が出て行ったのと入れ替わるように生徒会室の奥にある休憩室からガチャリと小さな音を立てて出てきたのは、件の転入生だ。
いいか、あの、転入生だ。
まるで別人だと、そう思わないか。

「…そんなことを言っておいてお前は別に直樹とかいうのをそこまで好きだったわけじゃないんだろ」
「あ?たりめーでしょ。好きとか、は!ただちんこデカそうだなーってそれだけだっつの」

そう言ってゲラゲラ笑いながら勝手に紅茶を淹れて俺の隣に腰掛ける転入生。
もう分かって頂けたと思うがコイツはとんだ腐れビッチだったんだ。
モサ髪に瓶底眼鏡に何も不純なことは知りませんとでもいうような天真爛漫純朴元気っ子だった片鱗は、どこにもない。
ものすごい演技力だ。恐ろしい子…!
ついでに言うと、この外見もとんだ偽りの姿だったのだ。

「あー、うっぜ」

大きなため息とともに転入生はバサッと頭からモサ髪をはぎ取り、瓶底眼鏡も投げ捨てた。
ぐ、と引っ張り取られたウィッグネットの下からサラサラと流れ落ちるように綺麗な金色が現れた。
普段瓶底に隠れているその瞳は、透き通るような緑色をたたえ、モサ髪と瓶底のせいで見えなかった顔は人形もビックリなほど整ったものだった。
何でも日本とイギリスのハーフで、この学園に転入してくるまではイギリスの学校に通っていたらしい。
コイツの本当の姿はどこぞのファンタジーやらなんやらならば傾国を謳われるのではないかという美少年だったのだ。

「くっそまじヤりてぇええええ」
「黙れ」

ただし腐れビッチ。
二言目にはヤりたい三言目にはちんこと喚き散らす、常識も分別もない腐れビッチだ。
さっきまでの平凡の下ネタ交じりの惚気も可愛く思えるってもんだ。
こいつの叔父にあたる理事長の話では、イギリスにいる間その外見で男を片っ端から食い荒らしていたらしい。
いや、正確には食わせまくっていたというか、まぁそんなのは些細なことだよ。
そのことに困り果てたこいつの親が、叔父である当学園の理事長の元に美しすぎる外見を封印して放り込んだらしい。

「だいたいさ!俺は最初アンタを誘ったよな!?初日に!ヤろうって!」
「断るに決まってるだろふざけんな」
「そっちがふざけんな!アンタ俺の世話係り任されたんだろ!あの腐れちんこに!」
「…理事長をそんな風に呼ぶな」

そう、随分引きが長くなってしまったが俺の不憫さの最たる所以はコイツの世話係りに任命されたことだ。
コイツが転入してきて初日に理事長室に呼び出されたかと思ったら「お前世話係りね。コイツを頼む」と一言書いてある手紙とともにこの腐れビッチがいたんだ。
ガッデム!!!!!!
すでに変装を解いて美少年モードになっていたコイツは手紙を見て絶望している俺に「ヤらないか」とやたらいい顔して言ってきたんだ。
とりあえず「だが断る」と叫んで逃げた。動揺していたんだ。
それにその時は俺はまだあの平凡が好きだったんだ。
でもそれ以来特にコイツが俺に絡んでくることはなく、気づいたらあの直樹とかいうのに迫っていた。
俺はその時は平凡意外アウトオブ眼中だったからどうでもよかったんだが、二人まとめてフラれて以来、コイツはまた俺に絡んでくるようになったのだ。

「なぁカイチョーさん」
「…なんだ」
「俺の何が不満なワケ?」

物凄い不機嫌顔をたたえて、隣に座っていた転入生は俺の膝の上に乗ってきた。
こんなのは日常茶飯事だ。
俺ははぁああとあからさまなため息を吐いた。

「全てだ」
「意味わからない」
「じゃぁわからなくていい。とりあえずどけ。俺は仕事に戻…」
「このバカ!!!!」

は?
あれ?今俺の耳がおかしくなければ突然バカと言われなかったか?
俺は転入生を押しのけ戻ろうとしていた自分の仕事机の方から、転入生へ視線を戻した。

「え、なっ…お前何泣いてんだ!?」
「ぅ、あ…わあああああカイチョーのくそ!ばか!インポ!」
「は!?」

戻した視線の先には瞳からボロボロと涙を流す転入生。
見たことのない姿に動揺していると失礼極まりない言葉を吐かれた。
やっぱりいつものコイツだ。
俺は再度ため息を吐いて今度こそ立ち上がり机に戻ろうとしたら、今度は勢いよく抱きつかれてそのまま床にビターンと倒れこんだ。
押し倒されたというより倒れこんだ。顔面から。
思わず「あべし!」とか言っちゃったのは聞かなかったことにして頂きたい。
ていうかめっちゃ痛いんだけどこれ俺顔面三つくらいに割れちゃってない?大丈夫?

「てめっ…くっそ痛ぇだろうが!何すんだこの腐れビッチ!」
「何でだよ!」
「何がだよ!?」

起き上がろうとするのを抑え込むように、倒れこんだまま背中にぎゅうぎゅうと抱きつく転入生に怒鳴りつけたが返ってくる言葉が理解できない。
俺はとりあえず体を起こそうと無理矢理状態を反転させて、転入生を抱き込むような体制になった。不本意である。

「ひっ…ぐすっ…」
「おい?泣いてたら分かんねぇだろ?どうしたんだよ」

転入生は相変わらずボロボロと泣いていて、びすびすと鼻を鳴らしながらも俺から離れる気配がないので、俺は観念して落ち着かせようと背中をぽんぽんと叩きながら出来るだけ優しく問いかけてやった。
しばらくそうしていたら転入生は落ち着いてきたのか、抱きついたままだが泣き止んだ。

「俺、きれいだろ…」
「…………は?」
「だから、俺!綺麗だろ!?」
「え、あ、あ…ああ、外見のことか?それはお前…まぁ、綺麗だな。かなり」

あまりにも意味の分からないことを言うので思わず聞き返したらすごい形相でくわっとキレられて思わず素直に答えてしまった。
綺麗な顔に睨まれるって恐ぇんだな。

「なのに…」
「あ?」
「なのに…なんでアンタは俺のこと、好きになんないんだよぉ…」
「え…」

言いながら転入生は再びポロ、と涙を零してぎゅ、と俺に抱きついてきた。
え、今なんて言いましたかこの子。

「俺、本当はイギリスにいる時からアンタのこと知ってたんだよ、カイチョ」
「え…と、それはなぜ…」
「あの腐れちん…叔父さんが持ってきた学校の写真に生徒会役員が写ってて、そこで見たんだ」
「そう、か…」

いまだに転入生が何を言わんとしているのか分かりかねるがとりあえず相槌を打ちながら話を聞く。

「それで、その写真でアンタを見て、それまで俺恋とか、そういうの、すっげぇバカにしてたんだけど…もう、ちょう好きって思ったんだ」
「………は?」

何だってちょっと待つんだ整理しよう。
えっと、理事長がイギリスに行った際に持っていた写真に俺が写っていてそれを見たコイツが俺に一目ぼれをした、と…
なるほどわからん。
待って待って、整理したのによく分かんない待ってつまりどういうこと?

「知ってると思うけど、俺、すっげヤりまくりで親たくさん困らせてたんだ。…でも、アンタのいる学校に行かせてくれんなら、もうしないって、そういう約束でここに、俺は来たんだ」
「…え、と…」
「本物のアンタに会えてすっげ嬉しかったのに、アンタはあのゲロ平凡が好きで…っ…お、れ…っ俺…っ」
「わ、わかったから泣くなって、な?」

話しながら再び泣きそうになる転入生をひたすら宥める。
俺に抱きつく力が強まり、俺は思わずその背中を優しく撫でていた。

「俺が来る前から好きだったみたいだし…最初は諦めようって思ったんだ。でも…フラれたじゃん。俺、チャンスじゃん。…なのに、アンタは結局あのゲロに構いきりで…俺…嫌だった」
「お、前…」
「好きなんだ、カイチョ。本当に…だいすき」

えぇえええこれ誰ぇえええええええええ
さっきまでヤりてぇちんこと喚いてた奴と同一人物なの!?
は!まさか俺騙されて…!?

「俺、今まで本当にビッ…チ…で、ヤり目的ばっかだったけど、アンタだけは本当に本気だよ?なんだったら、叔父さんとか、俺の親とかに確認取ってくれたっていい…」
「いや待て」
「ん?」
「叔父さん…理事長に確認って…お前がその…俺を…えっと…好きってことを…理事長は知ってんのか?」
「うん?」

くっそあの腐れちんこ野郎図りやがった。
世話係とか、全部最初から仕組まれてたんだ。くっそくっそ!
俺は理事長の顔を思い浮かべて脳内で再起不能なほどタコ殴りにしてため息をついた。

「カイチョ…?」

俺のため息に、腕の中の転入生は不安げな声を漏らす。
ああ、ダメだ。
俺、苦労性でも不憫でもなんでもない、ただの馬鹿野郎だったのかもしれない。

「どうしてくれんだよ…」
「へ?」

ぎゅ、と腕に力を込めて、転入生を抱きしめた。
そうだ、俺はとんだ大馬鹿野郎だ。
こんな奴、どう考えても苦労するに決まっているのに。







愛しいと思ってしまった



(ちなみに俺のどこに一目惚れしたんだ)
(ん、ちんこデカそうだなって)
(最悪だ…)


END



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