お前が守った世界でお前と笑って暮らすんだ


魔王に苦しめられていた世界を救った勇者様は、あがめられその後も名を語り継がれていきました。

昔あの子に聞かせてもらった勇者の物語。
けれどそれはよくある話で、そういう勇者の話って何個もある。
何個もあるくせに決まって最後はだいたい同じ。
どんな凄い戦いをしても、勇者って職業のラストは決まってるんだよ。
それでも俺は、魔王が現れた時その勇者になろうって思ったんだ。
実は俺魔族と人間のハーフでさぁ、しかも母親が僧侶だったおかげで、魔族の血が入ってるくせに破邪系呪文まで使えるチート野郎だったわけ。
めっちゃ強いじゃんそんなの。これもう勇者になるしかないわぁって思ったね。
それで、魔王が現れる前から一緒に修行してたあの子引きつれて、俺は魔王討伐の旅に出たんだ。
あの子はすんごい渋ったんだけど、あの子以外の魔法使いなんて考えられなかったから無理矢理連れて行ったんだ。

あの子はね、俺みたいなのとは違って普通の子だった。
魔法だって、正直修業時代は修行サボってばっかりで底辺レベルだったし。
それでも本当は、凄い子だったんだよ。
最終的には魔法使いとしては世界最高峰レベルになったんじゃない?笑っちゃうよね。
あんなに修行嫌いだったあの子がすんごい修行して、魔族もびっくりなチート呪文使えるようになったときはパーティーみんなが驚いたよ。

ああ、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど、魔王倒す旅路が、俺の人生の中で一番楽しい時間だったな。
最初はあの子と二人だけだったのが、気づいたらたくさんの仲間と一緒に戦ってた。
俺、魔族とのハーフだから、人間達にはさんざん酷い扱いを受けてきて子どもの頃の夢は人間を滅ぼすこととかだったんだけど、そんなことどうでもよくなるくらいアイツらと過ごした時間は楽しかった。
勇者様御一行とか呼ばれちゃって本当恥ずかしかったけど、悪い気はしなかったな。
ワイワイ騒いで時にはピンチで助け合っちゃったり、修行のために一時期バラバラになったこともあったなぁ。
ああ、あの子が逃げ出したこともあった。
本当に、色んな事があったんだよ。

それで、そんな色んなことを隔てて俺はやっと魔王の元まで来たんだけど、もう魔王とか本当俺以上のチートでさー。
実際もうダメだと思ったね。仲間もみんなボロボロで誰も立ち上がらないし、もう戦意も何もボッキボキ。
そういう時に限って、昔の人間恨んでた頃のこととか思い出しちゃって、何で俺人間のためになんか戦ってるんだっけ?とか思ったりもしたよ。
でも、そんなこと考えてる俺の前で、あの子が立ち上がったんだ。
普段のお茶らけた感じのあの子とは思えないくらい格好いいこと言って、俺達を叱咤してくれたんだ。
その時思った。
ああ、やっぱりこの子を魔法使いとして連れてきてよかったって。
それで俺はもう一回気力を持ち直して、魔王を倒したんだよ。

そうして言い伝え通り、勇者たる俺は世界を救ってあがめられて、語り継がれていきました。






「…とは、ならないんだなぁ、コレが」

俺は、手に持っていた剣をガシュ、と音を立てて地面に突き立てた。
ボタボタと流れる血を、服の一部を破って軽く止血する。
ふぅ、と息を吐いてから俺は崩れるようにその場に座った。

「…約束が違うよねー。ね、あんたもそう思うだろ?」
「…倒された奴に聞くか…」
「あ、ごめん…」

起き上がれない身体をそのままに、光を失いかけているその瞳をギロリとこちらに向けたのは、さっきまで俺と激戦を繰り広げていた魔王。
この場には俺とコイツしかいない。
コイツを倒すために力を全開にして戦いたくて、仲間達には魔法使いの瞬間移動呪文でどこかへ行ってもらった。

「…おい…」
「ん?」

掠れた声で、魔王が俺に声をかける。
俺は首だけを持ち上げて魔王の方を見た。

「俺を倒したとて、貴様は、死ぬぞ」
「つまり?」
「人間たちに、ころされると言っている」

魔王の顔は何の表情も映していなかった。
俺はふ、と笑って返す。

「ああ、わかってるよ。人間達には本当さんざん酷い扱いを受けてきているから、この後自分がどうなるかなんてわかってるさ」

そう、俺は勇者だけれど、勇者の物語の結末のようにはならない。

「過ぎた力は、災いを呼ぶ…」
「ああ、しかも俺は魔族との混血。余計に忌み嫌われてしまうだろうね」

俺は自分の掌を見つめた。
この手は、何もかもを壊しすぎる。
今、目の前で無表情に俺を見つめるこの魔王だって、俺がこわしてしまった。
もう俺の力は人間の世界で許されるそれを超えてしまっている。

「解せないな、貴様は何故、そうとわかっていて人間たちの世界を守ったりしたのだ」
「はは、それ、戦ってる時にも言っていたね」

俺は見つめていた手のひらをぎゅ、と握りしめて地面の上に置いた。
コツン、と拳が先ほどまでの激闘でボロボロになってしまった剣に当たった。

「あの子が人間で、あの子と出逢えたのが人間の世界だったからだよ」

俺の言葉に、魔王はその無表情だった顔を、理解できないとばかりに歪めた。

「この世界があったからあの子に逢えた。だから、そんな世界を作ってくれた人間達への、これはお礼さ」
「……」
「俺は、あの子が笑って暮らせる世界があればそれでよかった。そしてそれはきっと、あんたが作る世界にはないだろ」

魔王の顔から、また表情が消えた。
俺はニコリと笑って言葉を続けた。

「全部が終わった後、自分がどうなろうとそんなのは関係なかったんだ。ただあの子が、俺の守った世界で笑っていたら素敵だなって思っただけ」

言葉にすると、染み渡る。
俺が勇者になろうと思った理由だ。
勇者の物語の勇者のような結末は、俺みたいな奴には絶対訪れない。
ああいうのは、心が綺麗な奴が迎えられる結末だ。
俺は人間を恨んでいたこともあったし、何より世界を救うもなにも、全てはあの子のためだったのだから。

「その、あの子というのは、魔法使いのことか」
「そうだよ、何聞いてたのさっきまで」
「…いや」
「あの子が、人間恨んで毎日死にたいって思ってた俺の世界を変えてくれた子。あの子以外なんていらないね、実際」

俺は目を閉じて、あの子を思い浮かべる。

「馬鹿野郎だ貴様は」
「…はは、わかってるって」
「そうではない…」

魔王の言葉に、俺は目を開いた。
そこには意地悪い笑みを浮かべた魔王がいた。
そうじゃないって、どういうことだ?

「そうだな、貴様を泣かしてから死ぬのも悪くない」
「おい、どういう…」
「その、魔法使いがお前と同じことを言っていたよ」
「………は?」

俺は魔王の言葉に思わず身を乗り出した。
魔王は愉快そうに口元を歪めて言葉を続けた。

「貴様は俺の攻撃をモロにくらった直後で気を失っていたか…その間応戦していたあの魔法使いの小僧に俺は問うてやったのだ。何故貴様らのような脆弱な人間風情が、そこまでして俺にむかってくるのかと」
「…」
「それに対し奴は何の迷いもなく言い放った。アイツが人間の世界を守ると言ったならそこがアイツの笑って暮らせる世界なんだ、と。だから俺はお前を倒すんだ、と」

俺の瞳から生温かいモノがツ、と流れた。
魔王の言っている言葉の意味が、少しずつ俺の中に流れていく。

「笑ってやったがな、それがあの魔法使いの戦っていた理由だ。最後まで立っていた理由だ」
「…っ」
「お前が人間達にころされたならば、あの魔法使いはせっかく俺から守った世界を自らの手で壊しかねないな。そんな事にも気づかずに俺と戦っていた…だから貴様は馬鹿だと言ったんだ」

気づけば俺の瞳からはボロボロと涙が零れていた。
そんな俺を見て、魔王は一層楽しそうに、言った。

「貴様があいつ以外の魔法使いをいらないと思ったように、あの魔法使いもまた、貴様以外の勇者などいらなかったのだよ」

魔王は掠れた笑い声を残しそのまま砂になって消えた。
魔族の最後だ。
俺以外がいなくなったその場で俺は蹲って大声をあげて泣いた。
人間達に迫害されていた日々にだってこんなに涙を流したことは無い。

「ちくしょう魔王まじ許さない…」

ボロボロと流れる涙は止まらない。
ぐしぐしと止まることの無い涙を拭いながら、俺はあの子の言葉を思い出していた。
魔王との戦いの最中、助けた人間に化け物と罵られ、世界を救うこと自体が馬鹿らしくなって一度だけ逃げ出した俺に言った言葉。
それは残酷に、けれど温かく、俺の中に響いた。











どうか世界を恨まないで、俺の勇者




(どこの世界でだって生きていくことはできるけど)
(お前と出逢うことは、この世界じゃなかったらきっと出来なかった)




END



その言葉を最初にくれたのは君だったんだよ








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