今夜あなたに会えるなら私は千マイルだって歩いていけるわ


じりじりと肌を焼くかのように照りつける太陽と、昨日までの大雨のせいでぬかるむ足元に、どんどん体力を奪われていく。
喉が渇いた。腹も減った。
けれど手持ちの食料も水も、とっくに無くなってしまっている。
早く飲める水のある場所まで行かなければ、また草にたまった雨水をすすることになる。
何もないよりはマシだけれど、あれはどうにも土臭くて嫌だ。

「あー、まじ先見えねぇ…」

周りには生い茂る木々があるというのに、どうしてこうも太陽が照りつけてくるのだろう。
ローブを頭から被っているというのに、その生地さえも通り抜けて太陽の光が肌を焼いているように感じる。
はぁはぁと短く息を切らしながら、すでに棒のような足を進める。
一体なぜ俺はこんなにも懸命に歩いているのだろうか。
数か月前までは、俺は普通の高校生だったのに。

「やー、まじ無理ちょっと休憩…もう土臭くてもいいや…」

俺は丁度木陰になっている大きな切り株を見つけ、とにかく進もうという気力がへし折れたので休憩することにした。
持っていた水筒に、草露をせっせと流し込み、わずかな水分を手に入れてその切り株に座り込む。
うわ、湿ってるこの切り株。

俺は数か月前まで普通の男子高校生だった。
しかし、ある大雨の次の日、家の前に出来ていた水たまりに勢いよく足を突っ込んでしまい、そのまま吸い込まれるようにその水たまりに落ちてこの世界に来てしまった。
そう俺は、普通の男子高校生だったのに、今日本どころか地球上のその国にも俺は存在していない。
いわゆる異世界というところに来てしまったのだ。
この世界のことも、よくは知らない。
この世界に落ちてきた途端に、「異世界からやってきた珍しい生き物」として、落ちた国を支配している大国に献上物として嫁がされた。
男なのに嫁がされたってなんだよっていう感じだが、文字通り嫁がされた。
この世界、いやとりあえず俺の落ちた国と嫁ぎ先の大国では同性婚は珍しいことではないらしい。
ちなみに一夫多妻制でもあり、献上物として「嫁」が国々から贈られることも珍しいことではないらしい。
何というファンタジー。
俺は訳も分からないままその大国に嫁がされ、その国の第7王子の第一皇女になった。
本来、献上物としての嫁は美しい者がなるらしいのだけれど、俺は残念ながら外見は平凡…いや自分的には中の上くらいだと思うけど…まぁとにかく美しくはない。
確かに異世界の人間という珍しい献上物であったために国は受け取ってくれたけれど、まぁ誰も嫁にしたがらなかった。
そうして俺は、第1から第14までいる王子達をタライ回しにされたあげく第7王子のものとなった。
どうして第7王子の、しかも第一皇女になったかというと、この第7王子がとってもいらない子扱いを受けていた王子だったからだ。
上に兄が6人もいるため、何か間違いが起きない限り王位を継ぐことは無い。
かといって、下にいる弟達のように何かが秀でているわけでもない。
王又は王に近い役職が約束されている兄達とやたら頭脳面や運動面、芸術面などに優秀な弟達の間で大変肩身の狭い思いをしていた王子だった。
そんなわけで今までは献上物として贈られてきた美しい嫁達はみんな他の王子達にとられ、第7王子は今まで嫁をもらったことがなかった。
だから、珍しさではナンバーワンだけど嫁には欲しくないナンバーワンの俺が、第7王子のはじめての嫁として押し付けられてしまったというわけだ。
まぁ、しいて全王子の中で秀でている部分をあげるとしたらその外見だ。
もうそれはそれは美形なんて一言じゃ収まらないような綺麗な容姿をしていた。
王子達はほとんど美形ばかりだったが、第7王子のそれを美形とするならば、全然美形じゃなかったといえる。

この世界の事を何も知らないし、男故に甲斐甲斐しく尽くすことも出来ない最悪の嫁である俺を、第7王子はすごく大切にしてくれた。
初めての嫁がそんなに嬉しかったのだろうか、俺が第7王子の元へ嫁として行った時物凄い歓迎してくれた。
他の王子達はみんな、顔をしかめて野良犬を追い払うかのような態度だったというのに。
そして俺は、第7王子のおかげで異世界でも何も苦労なく幸せな日々を過ごしていた。

のが、1か月前。
今現在の俺は、砂漠を抜けて、今度は森の中を歩き続けてボロボロだ。
ああ、本当1か月前に戻りたい。
俺は湿った切り株の上、土臭い水を口の中に流して盛大にため息を吐いた。

「はぁ…ちくしょう、腹減った」

何故こんなことになっているのかというと、1か月前俺は嫁ぎ先の大国の敵国の族どもに誘拐された。
多分目的は人質とか、なんかそんなのだったんだと思う。
結局、厄介者扱いの第7王子の嫁で、しかも国的には俺一人いなくなったところでどうでもいいぜ!みたいな感じで全く人質としての意味を成さなかったらしく、ポイされた。
殺されなかったのは、なんか、えっと…一応王室皇女なのにあんまりな扱いだったことに同情されたっぽかった。
そこから俺の普通男子高生では到底味わえない旅は始まり、今現在にいたるというわけだ。
いやぁ、我ながら逞しい男子高校生になったと思うね。一か月もサバイバルな旅が出来るなんてなんて男らしいんだ。…お姫様だけどね。

「ちょっと寝るか…」

空腹をごまかしたかったのもあったし、何より疲れたので俺は大きめの切り株の上で体を丸めて横になった。
目を閉じて、身体の力を抜いた。
暗闇になった視界に、旦那である王子が浮かんだ。

あいつ、どうしているんだろう。
俺が攫われた時あいつ剣術の訓練に行ってたから、俺がいなくなってあいつがどんな反応したか知らないんだよな。
泣き虫だからなぁ、泣いたかなぁ。
ヘタレだし、何も出来ないで泣いてるだけかもしれないな。うん。
ああでも、もしかしたら新しい嫁でも貰って俺のことなんか忘れて案外幸せに暮らしてたりするんじゃないの。
あんなんでも一応王子だしな。
どうしよう俺、そしたら帰る場所なくなっちまうなぁ。

ジワリ、目頭が熱くなった。

「ふ、ぅ…っぅ」

会いたい、あいたい、会いたい。
ただ、あいつに会いたい。
大好きなんだ。
この世界に、不本意とはいえ来てしまって、誰も俺の存在を不要としていた。
最初いた国では貢物にされて、王子達にはタライ回しにされて。
とても悲しかった。
来たくもない世界に来てしまって、いらないもの扱いをされて、もう、死んでしまいたかった。
いらないじゃん、俺って、心から思ってしまった。
でもあいつは、とても嬉しそうに俺を抱きしめてくれたから。
あいつだけが、俺がいてよかったと、言ってくれたから。
あんなカッコいい王子様に、大好きだって、いてくれて嬉しいって言われて抱きしめられて、好きにならないはずがないだろう。
もう、こんな訳のわからない世界で、あいつだけが俺の生きる意味だったんだ。
こんなに必死こいて歩いているのだって、ただあいつに会いたいからだ。

「……ばかおーじ…」

ポロポロと零れる涙をそのままに、大好きなあいつをいつもの呼び方で呼んでみる。
返事など返ってくるわけはないのだけれど。

「……ヒメ…!!!」

すん、と鼻を鳴らして今度こそ寝に入ろうとしたとき、耳に、ものすごく愛しい声が聞こえた。
俺は思わずがばりと体を起こした。

「ヒメ…!やっと見つけた…!」

そこには、会いたくて会いたくて死にたいくらい会いたかったばか王子がいた。

「王子…?」
「ヒメ…!」

王子は被っていたマントのフードをとって、満面の笑みでぬかるみの泥をまき散らしてこちらにかけてくる。
嘘だろ、夢かこれ?
ちょっと意味がわからないんだけど。
俺が目を見開いて固まっている間に、王子は目の前までやってきて、俺のことを力いっぱい抱きしめた。
あまりの力に苦しくて、ぐ、と変な声が出てしまったが、だんだんと脳が動き出す。

「王子…?ほんもの…?」
「そうだよ、ヒメ!会いたかったよ…っ探したんだよ…!」

ぎゅうぎゅうと、折れそうなほどの力で抱きしめてくる王子の背中に俺はそろそろと腕を回した。

「ど、して…ここに…?」
「ヒメがいなくなってから、父さんも兄さん達も諦めろって、言ったんだけど、そんなの無理で、俺、ひとりでヒメ迎えにっ…行っ…ぅっ」
「お、おい泣くなよ…っ」

王子は俺の問いかけに答えながら、最後の方はボロボロと泣き出して言葉にならなくなっていた。
王子は俺のことを離して、ボロボロと零れる涙を拭った。

「む、迎えにって、どこまで…」
「ヒメを攫った国に決まってるだろ!?…それで、迎えに、行った…っのに…いなくてっ…それでっ…」
「ご、ごめん、俺、すぐに役立たずってことで放り出されたから…」

ボロボロと泣き止まない王子の頭を撫でながら俺は困惑する。
まさか迎えに来てくれているなんて思いもしなかった。
だってお前、国務とかどうしたんだよ。そんなんでも一応王子なんだぞ?色々やることあるだろ?
それなのに、俺なんかを迎えに一人で敵国に行くなんて、馬鹿なんじゃないの?

「ヒメ、ヒメ…っ」
「うん、ごめん…ごめん…」

たくさん、言ってやりたいことはあったのに、ひとつも言葉にならなかった。

「馬鹿ヒメ!どうして、近くの町に滞在するとか、そういうことが、出来なかったの…!すっごく、心配したんだよ!?」
「だって…」

だって、約束しただろう?
その声は、頭の中で響いただけで言葉にはならないままだった。

うっすらと開いた視界には、先ほど目を閉じた時よりも薄暗くなった景色が広がっていた。

「…王子…?」

もそもそとだるい体を起き上がらせると、俺は一人切り株の上にいた。
周りをどれだけ見渡しても、森が延々と広がっているだけだ。

「…夢…」

もう、何度目だろうか。
王子が、自分を迎えに来てくれるだなんて都合のいい夢を、もう、何度見たことだろう。
覚める度むなしくなって、大声を上げて泣きたくなる。

「あー…寝すぎた。暗くなる前に森抜けないと」

俺はいまだ重い体を持ち上げて、すでにぬかるみがなくなった地面に足をつく。
ぐ、と力を入れてまた俺は歩き出した。


王子。俺の、王子。
約束しただろう?俺は、お前のそばにずっといるって。
そのためなら俺は、なんでも出来るんだよ。
普通の男子高校生が、こんなにボロボロになっても歩き続けられるくらい、何でも出来る。

「はやく、会いたいな…」

俺は、お前に会えるなら、1600キロメートルだって歩いていける。
分かってるのかお前。
1600キロあったら日本の本州横断出来るんだぞ。
それでもその先に、お前がいてくれるっていうなら



抱きしめてくれるというのなら




(茨の道も)
(炎の谷も、海の底だって)
(歩いていける)



END

もちろん王子は血眼で姫君捜索中。





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