もしも


「おはよー、リョータくん起きてー」
「んー…」

もぞもぞと毛布の中に戻っていくぬくもりに、毛布を引っ張ってもう一度声をかける。

「起きて起きてー。今日はすっごいいい天気なんだよ」
「んー、わかったよー……おはよ、アサリ」

まだまだ眠そうな、半分しか開かれていない瞳がおれを映す。
ほんわり、おれに向けられる優しい笑顔を見て、おれの一日は始まる。

「お腹すいたぁ。ご飯たべよー」
「はいはい、ご飯ね。今用意するから待ってろって」

気だるげにベッドから降りて、キッチンへ向かうリョータくんの後ろをついていく。
リョータくんは牛乳とパンとジャムをテーブルに並べて、おれの前にも朝ご飯を置く。

「はい、ちゃんと食べろよ」
「はーい」

おれの返事にあはは、と笑ってリョータくんも席に着く。

「今日はほんといい天気だな」

リョータくんはパンにジャムを塗りながら窓の外を眺めて言った。
真っ青な空に、少しだけ浮かぶ真っ白い雲。
窓から差し込む太陽の光でリョータくんの瞳がきらきら光る。
きれだなぁ。

「アサリ、外出たい?」

リョータくんは唐突に俺に問いかける。

「ううん。リョータくんと居られたらなんでもいいよ」
「…ベランダで日光浴とかでもいい?」
「うん!」

リョータくんの提案を受けて、ご飯を食べ終わったおれはベランダに続く窓を開けに行く。
開ければ太陽の匂いがするあたたかい風が部屋の中に流れ込んでくる。

「ありがと、アサリ」

そう言いながら、部屋に音楽を流して、本を手に持ってベランダにやってくる。
この音楽がなんていう曲なのかとか、そういうのをおれは知らないけど、リョータくんがよく聴いていて、すごく気に入っていることは知っている。
ベランダに置いてある椅子に腰をかけて、本を開いたリョータくんの隣に行けば、リョータくんはおれのスペースをつくってくれる。

「えへへ」
「…何しあわせそーな顔してんの」

そう言いながらくしゃくしゃとおれの頭を撫でる。
とてもあたたかい手。おれの大好きな手。
あの冷たい夜と変わらないそのぬくもりに、おれはとても幸せな気持ちになる。

「そーいえば、アサリがココに来てからそろそろ2年くらい経つね」
「そう?もうそんなに経っちゃった?」
「時間が過ぎるのって早いなぁ」

青空を見上げながらリョータくんは言う。
おれがココに来たのは、今日とは真逆で、雨はザーザーと音を立てて降っていて、すごく寒くて冷たい夜。
道端で行き倒れて、行く宛てもなくて、あぁもう死ぬのかななんて思いながら目を閉じようとした時に、助けてくれたのがリョータくんだった。
優しい声で、あたたかい手で、俺に触れてくれた。
それだけでもう、泣きたくなるくらい幸せになれた。
そのまま、どこにも行く所がなかったおれを、リョータくんは何も言わずにココに置いてくれた。
あの夜の、もう何も感じないんじゃないかってくらい冷たくなった体に触れてくれたリョータくんのぬくもりを今でも憶えてる。

「俺ね、あの時本当はアサリのコト見捨てようと思ったんだ」
「えぇ!?」

昔のことを思い出していると、突然リョータくんからの爆弾発言。
慌てたようなおれの反応に、リョータくんはクスクスと笑う。

「でも今は助けてよかったって思うよ。もうアサリのいない生活なんて想像できないし」
「お、驚かせないでよ…」

クスクスとひとしきり笑ったリョータくんは、こてん、とおれの体に頭を預けた。
おれだって、そうだよ。
リョータくんに拾われる前のことは、思い出したくないような毎日だったのに。
リョータくんと過ごす毎日は、一日だって忘れたくない。
一日一日が惜しいくらい、愛しさで溢れていて、毎日毎日リョータくんを好きになる。

「リョータくん」

体にかかるぬくもりに、そっと声をかける。

「リョータくん、すきだよ。すごく、すき」

リョータくんの耳元で言った。

「ん、何?アサリ?」

だけど返ってくる返事は今日も同じ。
ニッコリ笑って、おれの言葉は伝わっていない。

「あー、アサリってほんとふわふわで気持ちいいー」

ぎゅううと音がでるんじゃないかってくらい抱きしめられる。
こんなに。こんなに近くに居て、毎日毎日伝えている言葉なのに。
リョータくんにおれの言葉が伝わることはきっとずっと無いんだ。

「アサリってさ、犬の中で絶対、ちょうイケメンだよね?」

親バカかなぁと言いながらおれの頭をくしゃくしゃ撫でる。
毎日毎日しあわせで、大好きなこの手で撫でられて、抱きしめられて。
不満なんて何もない。
だけど、時々。時々ちょっと願ってしまうのは、もしおれが人間だったらなぁってこと。

「あ、コーヒーおちたっぽいな」

開け放したままの窓を通って、部屋の中から香ってくるのはコーヒーのかおり。
リョータくんは立ち上がって部屋の中に戻っていく。
おれはキッチンでマグカップにコーヒーを淹れているリョータくんを、椅子に乗ったまま見つめる。
おれの言葉は全部、リョータくんには犬の鳴き声にしか聞こえていない。
それでも充分、リョータくんはおれのことを分かってくれている。
リョータくんにどんな風に聞こえているのかはわからないけど、伝わらない言葉しか返せないおれにもちゃんと話しかけてくれる。
大好き大好き大好き。
こんなに大好きなのにね。

「はい、アサリにはミルクね」
「ありがと!」

マグカップを片手に、少し温めたミルクを入れたおれ用の皿も持ってきてくれる。
そして、にこって優しく微笑んでくれる。
こんなに優しくしてくれる。
おれは何も返せないのに。

「ん、しあわせだね」

そう言って笑ってくれるリョータくんに、いつも救われてしまう。
そう、時々おれが人間だったなら、こんなしあわせな日々をくれるリョータくんにお返しが出来るんじゃないかなって思うんだ。
だけど、何も返せない犬のおれにもにっこり笑ってしあわせだと言ってくれるリョータくんがいるから、犬のままでもいいかなぁって思うよ。
椅子に座りなおして、コーヒーに口をつけながら再び本を開くリョータくん。
その膝に頭をのせて、今日もしあわせな一日を過ごしていく。








例えば君に届くなら



(ありがとうとかだいすきとか)
(伝えたい言葉がたくさんあるんだ)




END

わんこってそのわんこかよ!
…すみませんでした


Title/誰花













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