もしも君が生まれ変わったら
>きみに必要なこと:もしもミルクさんが男の子に生まれ変わってたら
浅田と付き合うことになってから一年後、俺には弟が出来た。
かなり歳の離れた弟で、下手したら俺の息子っていっても有り得なくはない年齢差だ。
ていうか本当父さん母さんいつの間にって感じなんだけれど、弟は無事生まれてすくすく育った。
そして現在、俺と浅田が出会った頃の歳にまで成長して、それはもう俺の弟とは思えないほどイケメンだ。
納得いかない。
きみに必要なこと*もしも
「ちょっと卓(スグル)くん…また来たの…?」
「だって母さんと父さん今日から旅行で家誰もいないんだもん」
「二、三日ご両親がいないからって一人じゃ何も出来ない歳でもないでしょ?」
「今の時代何があるかわからないだろ」
「はぁ…浅田も卓(スグル)もいい加減にしろよ…」
俺は現在浅田と同棲中だ。
一応大学までは同じところを出て、会社は違うがそれぞれ社会人をしながらいまだに一緒にいる。
まさかこんなにずっと一緒にいられるなんて思ってもみなかったし、相変わらず俺は浅田大好きだし。まぁ本人にはあまり言わないけど…
とりあえず幸せな日々を送っている。
しかしひとつ困ったことに、弟の卓と浅田はあまり仲がよくない。
卓は高校生にしては稀なほどブラコンだ。自分で言うのもなんだけど、卓は俺大好きでベッタリだ。
何かと理由をつけては俺と浅田の住む家にやってくる。
そして浅田は卓が小さいころは可愛がっていたけれど、最近じゃ卓と俺を取り合うというか…とにかく卓が俺ベッタリで俺もそれを許しているのが気にくわないらしい。
卓は仮にも弟だし、ましてやこんなに歳の離れた弟なんて可愛くないはずもなくつい俺も甘やかしてしまう。
普段恥ずかしくて浅田にツン発動なせいか知らないけれど、浅田は俺の卓に甘いところも気にくわないらしい。
外見は、本当に歳くってんのかてめーって言いたくなるくらいの相変わらずのイケメンだが、中身はだんだん心の狭いおっさん化している気がする。
そんなわけでこの二人は会う度に牽制し合っているというか、喧嘩しているというか…うん、そんな感じだ。
「公人、公人お腹すいた!」
「あー、今日仕事で遅くなっちゃったからなんも用意してないよ。卓が来てるってわかってたら何か買ってきたのに」
「じゃぁ今からコンビニ買いに行こう!デートデート、公人!」
「許すわけないでしょ卓くん。デートなら俺としよう。何でも好きなの買ってあげるよー」
「ああ、浅田、頼むね。ついでに俺もアイス食いたい」
「わかったー!ほら、行くよ卓くん」
「いーやーだー!公人と行きたいー!」
バタバタ暴れる卓を引きずって浅田は出て行った。
何だかんだ言っても浅田も卓を可愛がっているんだ。と思いたい。
俺は浅田と卓が出て行って静かになった部屋で、卓の寝る場所を確保するために部屋を片付けることにした。
卓は俺のことを公人と呼ぶ。
別に嫌なわけじゃないけど、兄と呼ばれたことが一度もないのは少し寂しい気もする。
一度だけ、なんで兄ちゃんって呼んでくれないの?と聞いたことがあるけれど、苦笑いを返されただけだった。
よくわからなかったけど、とりあえず卓は俺を兄と呼びたくないのだろうな、とだけ思った。
悲しくないわけではなかったけど、卓に公人、と呼ばれるのは何だか懐かしくて温かい感じがして嫌いじゃない。
何故だかはよくわからないけれど。
「ただいまー!」
「え」
ぼんやり考え事をしながら片づけをしていると、卓が帰ってきた。
ていうか卓だけが帰ってきた。
「卓?浅田は?」
「なんか、キミちゃんの好きなアイスがないからもう一軒行ってくる!って言いながら走り去っていった。から俺は一人で帰ってきた」
「…別になんでもいいのに…」
卓はガサガサとテーブルにコンビニ弁当を広げていく。
俺はそれを横目で見ながらあまり埃を立てないように片づけを進めていく。
「公人さ」
「ん?」
「浅田さんといて幸せ?」
「へ!?」
ガタガタと片づけをしながら卓の声に耳を傾けていると予想外の質問をされ素っ頓狂な声をあげてしまった。
「な、何、突然!?」
「いや、浅田さんって公人のこと大好きなのはもう恥ずかしいほどわかるんだけど、ドヘタレだからさ。公人のことちゃんと幸せにしてくれてるのか不安なんだよ」
「酷い言われようだな…浅田」
確かに浅田はヘタレだ。
なんかそれは付き合うようになってから一層酷くなった気がしなくもないほどにヘタレだ。
「公人には、幸せになってほしいからさぁ、俺」
そう言いながらズルズル、と買ってきたコンビニ蕎麦をすする卓。
蕎麦をすすりながらだけれど、その声色は真剣で、誤魔化した答えじゃいけないな、と思った。
それにしても弟に幸せの心配をされる俺って一体…
「幸せだよ、もちろん」
「…公人?」
「浅田は、確かにヘタレだけど、いざという時は頼りになるし、すごく俺を幸せにしてくれるよ」
浅田もいないし、普段絶対言わないようなことも口に出してみる。
ああ、言葉にすると改めて、俺浅田好きだなぁと思った。
「でも、浅田に幸せにしてもらうだけじゃなくて、俺も一応、幸せになるために頑張ってる、つもりだし…」
「え?」
卓は食べる手を止めて真っ直ぐに俺をみた。
俺はそれにニコ、と笑い返して、自分の財布の中から青いリボンを取り出した。
お守りみたいに、いつも大事に持っているそれは、俺の大事なキューピッドのもの。
そのリボンを卓の掌の上にのせると、卓は首を傾げた。
「これは…?」
「昔、そのリボンを着けていたある人とね、約束したんだよ」
「約束?」
「うん。絶対幸せになるからって」
俺を幸せにしようと、全てを犠牲にしてくれた優しいキューピッド。
浅田とは別の、大好きな子。
「母さん達に聞いてるだろうけど俺ちょうど今の卓くらいの頃、半引きこもり状態でさぁ」
「ああ、それは、うん…知ってる…」
「うん。で、そんな俺を変えてくれたのが、その人だったんだよ」
もちろん浅田のおかげでもあるけれど、と付けたしながら話を続ける。
「それで、その人とお別れしなくちゃいけない時に、言われたんだ。これからは自分で幸せを手に入れていくんだよって」
「…」
「だから俺は、他人に頼ってばっかじゃなくて、自分でも幸せになるために努力しなきゃなっていつも思ってる」
卓は掌の上の青いリボンを黙ってじっと見つめている。
急にどうしたんだろう。
俺変なこと言っちゃったかな…?
恥ずかしいこと話した自信はあるけど。
「卓…?」
「よ、かった…」
「え?」
ポタリ、卓の掌の上に雫が落ちた。
え、泣いてる!?
「ちょ、すすすす卓!?」
「よかった、よかった…公人…幸せ、なんだね…っ、よかった…っ」
「す、ぐる…?」
焦った俺に、卓は勢いよく抱きついてきた。
ああ、これ、知ってる。
この温かさを俺は知ってる。
嘘だろ、こんなことってあるんだろうか。
「ミ、ルク…さ…?」
「公人っ…!」
「…っ」
俺は、抱きついてきている卓の背中に腕を回して、ぎゅ、と抱きしめた。
兄弟そろって、そのまましばらくわんわんと泣き続けた。
嬉しい、こんなに嬉しいことってきっと他にないよ。
「俺、よくは憶えてないんだ…でも、いつも心の底から公人の幸せを願う声が聞こえてて…」
「うん…」
「その声の記憶の中の公人はいつも泣いてるから、悔しくて悲しくて、どうしたらいいんだろうって、思ってた」
ひとしきり泣いて落ち着いてきた頃、向かい合って、卓がぽつりぽつりと話し始めた。
「だから、公人にはどうしても幸せになってほしくて、笑っていてほしくて…浅田さんがヘタレすぎて大丈夫なのかなって、心配だったんだ…」
「え、だからいつも浅田に突っかかってたのか…?」
「それもあるけど、突っかかってたのは単純に公人にベッタリなのが気にくわなかっただけ。俺だって公人大好きなのにさ」
ぷぅ、と頬を膨らませる卓に思わず吹き出す。
「じゃぁ、俺のこと兄ちゃんって呼んでくれないのって…」
「断片的にある、生まれる前の記憶の中の俺っていつも公人って呼んでたから…今更兄ちゃんとか…なんか恥ずかしくて」
「そうだったのか…」
とりあえず兄と思われてないとかそういうことじゃなかったことに安心した。
ほ、と息を吐いていると、卓が俺の手を掴んで、掌に青いリボンを乗せてきた。
「よくわかんないけど、これも昔の俺が着けてたものなんだよね?」
「え、うん…」
「じゃぁ、公人が持っておいて。大事にしてあげて」
ね、と言って卓はリボンを俺にぎゅ、と握らせた。
「確かに少しだけ、憶えていることもあるし公人の幸せを願う気持ちは一緒だけど、俺とその人はもう別の人だから…」
「すぐる…」
「だから、公人が持っていて?きっと公人が大事にしてくれてた方が、その人も幸せだよ」
そう言ってニコ、と笑った卓がミルクさんにとても似ていて、俺はまたポロポロと泣き出してしまった。
「公人は本当、泣き虫だ」
「うるさいな…っ」
「でも、幸せなら、なんでもいいや」
泣く俺を慰めるように卓は優しく俺を抱きしめた。
卓は別の人だと言ったし、確かにそうなのだけれど、その声はどこまでもミルクさんと同じ優しい響きで俺の中に溶けていった。
「ただい…うわーーーー!抱き合ってるーーー!!!」
「あ、おかえり浅田」
「おかえりなさーい」
「えっ、キミちゃん泣いてるし!どういうこと!?」
「えへへ、内緒ー。ね、公人?」
「うん」
「ええええええ」
浅田のあまりの焦りように涙をぬぐって笑う。
ああ、今日もしあわせだ。
いつだったかと同じように、手の中で青いリボンがくしゃりと小さな音を立てた。
きみとしあわせな日々を
(これからも、ずっと)
END
硯さん、リクエストありがとうございました!
きみ必もしも話か勇者魔法使いかっていうリクエストで、きみ必を選ばせて頂きました。
こんな感じになってしまいましたけど…大丈夫でしたか…!
企画参加ありがとうございました。