泣いた赤鬼

きみがこの手紙を読むころには、オレはきみの前からいなくなっていると思う。
きっとちゃんとお別れのあいさつもできてないだろうから、手紙を書きました。
オレはきみみたいに頭がよくないし、文書くのもへたくそだから、変なとこかあってもゆるしてください。
あと、ひらがなが多いのもゆるしてください。
手紙を書くなんてはじめてのことでドキドキします。
あとなんかいろんなことを思い出します。
はじめてオレらがであった時、オレたしか泣いてたよね。
今思い出してもはずかしかったなアレは。
でも、あの時のことは今でも忘れられないだいじなオレの思い出です…





「あれ、また泣いてんの、紅音(アカネ)ちゃん」
「青伊(アオイ)…」

屋上で、ぐしぐしと鼻をすすりながらひとり泣いていたら背後から声をかけられた。
そこに居たのは親友のアオイ。金髪が似合うちょうイケメンで、いつも青いピアスをつけた不良。
青空をバックに困ったような笑みを浮かべている。

「もしかしてまた人美(ヒトミ)に何か言われたの?」
「ぅっ…近寄るなって…」
「あー…」

よしよし、と言いながらアオイは俺の頭を撫でる。
その温かくて優しい感触に止まりかけていた涙がまたボロボロと零れはじめた。

「あーあ、ホラ、泣かないの」
「うぇええ、あおいー…」

俺は望月紅音(モチヅキ アカネ)。コンプレックスは女みたいなこの名前と、平凡顔なのに人目を引いてしまう赤毛だった。
ばぁちゃんのじぃちゃん、つまり俺のひぃひぃじいちゃんにあたる人が赤毛の外国人だったらしく、俺は薄くなった外国の血の、毛色だけ引き継いでしまったらしい。
おかげで俺は純日本人の平凡な顔に赤毛という爆笑もののミスマッチさを生まれながらにして持っている。
染めた金髪がこんなに似合う日本人が目の前にいるのは皮肉としか思えない。
もちろん俺はこの髪が原因で小さいころからずっといじめに合ってきた。酷い話だ。
でも中学の時知り合ったアオイがある日突然「アカネは赤で、おれは青だよ!」とか意味不明なことを言いながら髪の毛を青色に染めてきて、それ以来いじめは衰退していった。
いや、あの青は衝撃的だったからね…俺の赤毛なんて本当…霞んで見えたよ。
さすがにアオイも、俺に対する髪いじめがおさまったら青色はやめて今の金色に変えたけれど。
アオイのおかげでいじめもなくなって、俺は楽しい学校生活を送れるようになって無事高校にも入学できた。
しばらくはまぁ金髪イケメンの隣にいたら若干目立ちはしたものの、平穏無事な生活を送れていた。
けれどそれが数か月前に一変した。俺は恋をしたんだ。しかも男。
まじ悩んだし最初は何かの間違いだと思ったんだけど、やっぱりどう考えてもソイツが好きで、俺はアオイに思い切って相談をした。
キモがられるかと思ったんだけど、そんなことはなくて、アオイは協力するよといつもみたいに笑って言ってくれた。俺本当いい友達もった。
その恋の相手というのが人美村正(ヒトミ ムラマサ)っていう、この学校の風紀委員長。
めっちゃ堅物優等生で笑顔なんて滅多に見られないようなおっかない人なんだけど、俺が弁当おっことして泣いてたら自分の弁当を無言で差し出して颯爽と去っていくとかいう不器用に優しい人だった。
それで恋に落ちちゃう俺単純って感じなんだけれど、ずっといじめに合っていた俺は他人の優しさにとても弱いんだ。
家族とアオイ以外で俺に優しくしてくれたのは実は人美さんが初めてだった。…なぜ初めてかってそれはもういじめのなごりだよ…
アオイのおかげで一人でいることはなくなったしいじめもなくなったけど、友達は早々すぐにできなかったからね。
で、俺は人美さんに恋に落ちてしまったわけだけど、その辺りから何故か学校内で俺が「誰とでもヤるビッチ」とかいう謎の噂が流れ始めた。
男なのにビッチってなんだって感じだが、ここは男子校なので、そういうふざけたノリなんだとは思う。
それは所詮噂だったんだけれど、さすが男子校というのか、噂を真に受けた奴が「ケツためさせろ」とかめっちゃ怖いこと言って襲ってきたんだ。
人気のない教室に連れて行かれて俺マジピンチやばい!ってとこに人美さんがやってきて、一応助かったんだけど、噂のせいでものすごい誤解をされてしまった。
もともと風紀委員で真面目な人美さんはアオイにいい印象を持っていなかったらしく、俺がアオイといつもいるから同じくあまりいい印象をもたれておらず、誤解は解けずじまいで、それ以来嫌われてしまった。

「俺どうしたらいいんだろう…」
「んー…俺から離れてみる?」
「なんで」
「だって要は俺といたから誤解されたまんまになっちゃったんだしさー」

ね、と言って俺の頭をぐしゃぐしゃとまたかき回した。
確かに金髪でピアス開けてて、喧嘩もよくするアオイはいい奴だけど、世間的にはいい奴じゃない。
そんなアオイといたからこうやって人美さんに誤解されてしまった。それは事実なのだけど。

「でもアオイと離れるのは嫌だ。俺ら親友じゃんか」
「おお、なにそれ嬉しい」
「アオイのおかげで今の俺があるんだし、俺アオイが殺人犯になっても親友って言い張ってやる」
「やめてやめて泣いちゃうからー」

きゃー、と顔を覆いながら照れた仕草をするアオイ。
コイツのこういうアホっぽいところがとても好きだった。
うじうじと悩んでばかりの泣き虫の俺に、この軽さというかアホさ加減はとても心地のいいもので、いつも励まされていた。
初めてアオイに逢った時、コイツ喧嘩でボロボロになっててめちゃめちゃ目つき悪かったしちょう恐ぇって思ったけど、実際は本当にいい奴で優しい奴だった。
だから、いくら好きな相手に誤解されようと、コイツと離れる必要はないと思うんだ。

「でも大丈夫大丈夫。所詮噂で本当じゃないんだしさ、誤解ちゃんと解けるよ」
「そうだといいんだけどな…」
「っていうかさ、俺は、アカネが襲われてる現場みちゃって、おいあの噂本当だったのかよショック!ってなってアカネのこと避けてるようにしか見えない」
「どういうこと?」
「ん?だから脈ありっぽくね?ってこと」
「わー…それは無ぇわー」
「そうかなぁ」

そうだったら嬉しいけど、脈ありになる意味がわからない。
俺は弁当もらって以来ずっと人美さんのこと見てきたけど、あの人にとって俺との接点なんてあれだけだし、記憶にすら残ってなさそうだ。

「ま、そろそろ六時間目も終わるしさ、帰ろーよ」
「あー…五、六時間目サボっちゃったー…」
「この不良めー」
「それはアオイだろ。今日出たの五時間目くらいじゃねぇの?」
「てへぺろ」
「テヘペロすんな」

俺はアオイに手を引かれて屋上を後にし教室に戻った。
鞄を手に取ってすぐに教室を出て、学校も早々に出た。
アオイとどっか行くー?とか話しながらダラダラと帰路を歩いていると、目の前に人が立ちふさがった。
え、と思って顔をあげるとそれは俺の想い人、人美さんだった。
何でこんなとこにいんの!?

「え、人美さ…」
「中里青伊(ナカザト アオイ)…」
「え、俺?」

驚いていると、人美さんはものすごい形相でアオイのことを睨み付けた。
アオイも驚いたように目を見開いて人美さんを見る。
え、なんだ急にどうした。

「お前、自分が何してるのかわかってるのか」
「えー…とりあえず最近は風紀委員長様に世話になるようなことしてないと思うんだけど…。喧嘩もちょろっとしかしてないよ?」
「そんなことじゃない」
「じゃぁ何だって言うんだよ」

アオイもどんどん不機嫌顔になる。
人美さんが何を言おうとしているのか全然わからないどうしよう。
睨み合うアオイと人美さんとオロオロとするだけの俺。
下校時間とはいえあまり人の通らない道のせいか、俺たち三人しかおらず、傍から見たらきっととても奇妙な光景だぞこれ。

「望月のことだ」
「へ、俺…?」

突然人美さんの口から俺の名前が出てドキリとする。
でも俺に関することで、アオイが睨まれる理由はますますわからない。
俺はさらに目をパチパチとさせながらオロオロとすることしか出来ない。

「俺がアカネに、何したっていうんだよ?」
「あの噂、流したのお前だろ」
「…え?」

俺は人美さんに向けていた視線を勢いよくアオイに向ける。
は?アオイが流した?あの噂を?

「ちょ、人美さ…何言っ」
「あーあ!なんだ、バレちゃったのか!」
「…え」

俺は人美さんに何言ってんですかって詰め寄ろうと一歩踏み出した途端、隣から深いため息とともに信じられない言葉。
アオイ…?

「オカシイと思ったんだ。俺は現場を目撃したにしろ、望月はあんな噂を流されるような人間じゃないし、俺以外にそういう場を見たっていう奴もいないしな」
「で、調べちゃったの?うっざいなーお前」
「アオイ…?どういうことだよ…?」

俺はおそるおそるアオイに手を伸ばした。
けれどそれはバシリと叩き落とされて、アオイは俺を見たこともないような冷たい目で見降ろした。

「暇つぶしに決まってんでしょ。適当な噂を流してさー、アカネが傷ついて泣いてるとこ一番近くで見たかっただけ」
「な、に…」
「もともとお前と一緒にいるようになったのだっていじめられてピィピィ泣いてたアカネがおもろかったからだし!」

ニコリ、いつもと全然違う、酷く歪んだ笑顔で笑うアオイ。
その笑顔と言葉に、つま先から全身凍っていくような感じがした。
え、何、じゃぁ、ずっと親友だと思っていたのは俺だけで、アオイはずっといじめられたり、人美さんに避けられて泣いてた俺を見て面白がってたの?

「俺が遭遇した時望月を襲っていた奴らも、お前がけしかけたそうだな」
「え、何そこまで調べられてんの。すげぇね。結構な額払ってやったのにアイツら殺さないとな」

あはは、と笑うアオイの声が聞こえる。
でもそれはものすごく遠くに感じて、俺はもうどうしたらいいのかわからない。
ふらふらと縋るように俺はアオイの制服の裾を掴んだ。

「アオイ…?何、言ってんだよ…?全部ウソだろ…?笑えねー…から、もうやめろって…」

声がめちゃくちゃ震えていた。手も。
頼むから、嘘だって言ってくれよ。
てへぺろって、ビックリした?って、いつものアホっぽい軽いノリで、全部嘘だって言ってくれよ。

「…本当だよ。でももうバレちゃったから、いいっしょ、どうでも。放して」

パシ、と軽い音を立てて俺の手は再び払いのけられた。
同時に、俺の目からボロリと涙が零れだした。

「あー、泣いちゃったよ。本当泣き虫だねぇ、アカネは」
「っ、…アオ…」
「触るな」

ボロボロと零れる俺の瞳に、す、とアオイが手を伸ばしかける。
でもそれはバシ、と大きな音を立てて叩き落とされた。

「望月に触るな、この下衆野郎」
「うっは、何それヤキモチ?もしかして人美、アカネのこと好きだったの?」
「それがどうした」
「あはははは!まじで!ああ、だからアカネが襲われる現場みちゃってショック受けちゃったわけね!あはは何コレ傑作!」

腹を抱えて笑いだすアオイを俺は、いまだに信じられない気持ちで見ていた。

「よかったねぇ、アカネ。両想いだってー。ね、俺の言った通りだったでしょ」
「アオ…イ」
「消えろ、二度と望月に近寄るな」

俺は人美さんに力強く腕を引かれて、抱き込まれた。
ふわりと人美さんの香りにつつまれて、嬉しいはずなのに、目から溢れる涙は止まりそうにない。
もし、人美さんと両想いになれたらきっと一緒に喜んでくれると思っていた親友が、いなくなってしまった。
そのことがこんなにこんなに悲しい。

「言われなくても、もうソイツに興味無ぇし。ホモップルは勝手に仲良くやってよ」

ニィ、と意地悪く笑って、じゃぁねとだけ残してアオイは去っていった。
同時に、俺を抱きしめていた腕の力が弱まり、向かい合うように体を人美さんの方に向けさせられた。

「望月…いままでその、冷たくして悪かったな…」
「人美さ…」
「噂のこと、信じてたわけじゃなかったんだ。ただ…いつもアイツといるから、嫉妬してたし…アイツとデキてるんだと思ってたんだ」
「そんな…」
「でも、そうじゃなかった。お前は、アイツを失って、今辛い時かもしれないけど、これからは俺が傍にいるから、もう泣かないでくれ」
「っ…」

そう言って再びぎゅ、と抱きしめられた。
アオイに裏切られた悲しみと、両想いになれた嬉しさと、人美さんの優しい言葉に俺はもうわけのわからないほど泣いてしまった。

「ちゃんと、お前のことは幸せにするから、俺のものに、なってくれる…か?」
「っ、ぅ、は、い…っはい!」

大好きだった人美さんの言葉に、俺はとても幸せな気持ちになった。
アオイに裏切られた傷だって、きっとこの人が癒していってくれるだろう。
温かい腕を背中に感じながら、俺は強くそう思った。







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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