いちくん



「はい、苺あげるよ」
「…………いちくん」


コロン、と生クリームのついた赤い苺を俺の皿に乗せながらニコニコと笑うのは俺の友人。
いや、正確には"外見は友人"だが"中身は全くの別人"だ。
つまり俺の友人は二重人格で、今目の前にいるのは俺の友人たる主人格ではなく、友人の心が作り出した別人格なのだ。

「…いちくん、最近頻繁に出てきすぎじゃない?」
「そ?」

俺の問いかけににっこり笑いながら、さっきまで友人が食べていたケーキをぱくりと食べるいちくん。
いちくんという名前は俺がつけた。
友人の名前が優一で、そこからとって、いちくん。
優一くんは中学の時酷いいじめにあっていて、その辛さから逃げようと別人であるいちくんが生み出されたらしい。
優一くんはいちくんの存在は知らない。けれどいちくんは優一くんをちゃんと知っている。
いちくんは「俺は優一を守るために生まれてきた。優一が一番でそれ以外は無い」と言っていた。

そんな優一くんと俺が出会ったのは大学の時。
ガイダンスで席が隣になって俺から話し掛けたのがきっかけで仲良くなった。
最初優一くんはおどおどと遠慮ばかりしていたけれど、今では本当に親友と呼び合えるような関係になった。
甘いものが好きな俺達は趣味も合って本当によく遊んでいた。
その日もいつものようにケーキ屋に入りイートインでお互い好きなケーキをつついていた。
俺が自分のショートケーキの苺を口に入れて顔を弛ませていた時だった。いちくんは突然現れた。
優一くんが食べていたケーキに乗っていた苺をコロンと俺の皿に乗せながら。
「初めまして、亨」と言って笑った。

「うへ、やっぱ俺には無理。なんで亨と優一はこんな甘いのが好きなんだよ」
「説明なんか出来ないよ。ていうか甘いの苦手なら食べるなよ。優一くんの分なくなるだろ」
「一口くらい大丈夫だってー。亨が食べたってことにしとけば」
「いちくんコノヤロー」

悪戯っぽい笑みを浮かべるいちくん。
最初は別人格だなんて言われても何言ってんのって感じだったけれど、いわれてみれば本当に違う。
好みも、仕草も、喋り方まで。
優一くんと一緒にいるのも好きだったけど、俺はいちくんと過ごす不思議な時間もとても好きだった。

「亨、あげた苺たべないの?」
「だからコレ優一くんのだから。だいたいこの間いちくんがくれるっつーから食べたら優一くんにめっちゃ怒られたんだからな」
「あははっ、ごめん」

あまり悪気を感じてない顔で、さらさらと俺の頭を撫でながら謝るいちくん。
こういうことを、優一くんは絶対しない。
最初は驚いたけれど、今ではいちくんにこうされるのはとても安心できるほどだ。

「でも、何でもいいから亨にお礼したいんだ、俺」
「……うん」

優一くんが苺の乗っているケーキを頼んだ時は必ず出てきて、苺をくれる。
大好きな優一と仲良くしてくれるお礼といって。
確かに苺は俺の好物だけれど、俺はいちくんにも優一くんにも苺が好きだと言ったことは無い。
でもいちくんは「苺を食べている時の亨は幸せそうだからきっと好きなんだろうなって」と言って苺をくれる。

「優一がこんなに明るくなって、俺が呼ばれることがなくなったのは亨のおかげだから」
「?うん、何度も、聞いたよ」

髪を撫でられながらもぐ、と自分のケーキを口に運んでいるといちくんが突然、改まって言ってきた。
それは初めていちくんに会った時も聞いた言葉だった。
髪を撫でていた手を、するりと頬に移動させ、こしょりと一瞬くすぐって離した。

「優一が大好きな亨に、会ってみたくて。初めて優一の意志と関係なく俺は出てきて、亨に会った」
「いちくん……?」

頬杖をついて、目を細目ながら俺を見つめてくる。
何だろう。
今日のいちくんは変だ。

「俺は優一のために生まれてきた。優一のためならいつ消えてもよくて、優一が一番大事だった」
「いちくん?どうしたの…」
「……亨になんか、会いに来なきゃよかったよ」
「え?」

ずきり。
いちくんの言葉に心が痛んだ。
だけど、失礼ともとれるその言葉に怒りがわかなかったのはいちくんが今にも泣きそうな顔をしていたから。
店内はざわざわと騒めいている。誰も俺達の様子の変化に気付いていない。
だってそうだ。俺にとってはいちくんでも、周りには相変わらず優一くんにしか見えていない。
誰も、いちくんに気付いていない。

「優一が、一番大事だったのに…亨のことが大好きになっちゃった」
「えっ…」
「優一のためなら、いつ消えてもよかったのに……今はこんなに消えたくないよ」

涙こそ流れていないけれど、いちくんは酷く顔を歪めて辛そうに言った。
なに、何を言おうとしているの、いちくんは。

「何で俺が主人格じゃなかったんだろう…何で、俺が優一じゃないんだろう…」
「っ…!」

顔を歪めて笑ういちくん。
それは何て悲しい言葉なんだろう。
俺は無意識にいちくんに手を伸ばした。
さらりと触れる髪は、優一くんのそれで、俺は胸の奥がぎゅう、と潰されたような気持ちになった。

「いちくん…」
「だけど、俺はやっぱりいちで良かったとも思うんだよ。じゃなきゃきっと会えなかった…」

いちくんは俺の手をそっと優しく握りながら、微笑んだ。

「亨に、いちくんて呼ばれる度に、俺はいちでよかったって思えた。優一しかいなかった俺の世界はとても満たされた」
「いちく…」

ああ、きっと消えてしまうんだ。これが最後なんだ、いちくんに会えるのは。
いちくんが、俺に会いに来てくれるのは。
俺は滲みそうになる視界を、唇を噛んでこらえた。
鼻の奥がツンとした。

「俺が消えたら、亨は泣いてくれるのかな…。泣いてくれるのも魅力的だけど、きっと優一が困るだろうから、やっぱり笑っててね」
「いち、っ…」
「もう会いにはこれないけど、優一と一緒に、ずっと亨の傍にいるよ」

ニコリ、溶けるほどの笑みを見せて、俺の手を握っていた手がするりとほどけた。
笑ってだなんて、残酷すぎるよ、いちくん。


「……ん、あれ…俺…?」
「ゆ、いちく…」
「へぁ?あ、亨くん?あれ、俺今寝てた?」
「う、ん。なんか、疲れてたのかな…急に」
「えー、俺やべー!」

こてん、と首を傾げるのはいつもの、俺の友人である優一くんだった。
俺は震えそうになる喉を叱咤して、絞りだすように答えると優一は声をあげる。
もう、本当にいちくんはいなくなってしまったんだ……
俺は泣きそうになるのをごまかすように、最後にとっておいた自分の苺を口に運んだ。

「あ」
「え?」

優一くんはフォークを握りなおしてケーキを食べようと皿に向き直る。

「これ、苺!あげるよー、亨くん苺すきだもんね!」

はい、と言ってコロリ俺の皿な苺を乗せる優一くん。
俺は目を見開いて驚く。
だってそうだ…

「え、な…俺、優一くんに苺…好きなんて言ったことないよね……」
「ん?うん?でも亨くん苺食べる時すごい幸せそうなんだもん!苺好きなんだろうなってすぐわかるよー」
「っ…!」

前は、いちくんがくれた苺を食べてしまったときは、怒ったのに。
今はニコニコとして俺に苺を差し出す優一くん。
苺をくれるのはいつもいちくんで、だけど今俺に苺をくれたのは優一くんで。
皿に乗せられた苺から、優一くんへと視線を移す。
優一くんはいつものと同じ顔で笑っていた。

「いつも、俺と仲良くしてくれるお礼だよ」

俺は笑い返して、もらった苺を口に運んだ。






ああ、君はそこにいたんだね



(ありがとう、俺も優しい君がだいすきだったよ)
(いちくん)



END



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