森の奥でお茶会を5


目が覚めると、俺は柱のような一方の丸太に磔にされて、村人に囲まれていた。

「おいっ!外せよこれ!何でこんなことするんだよ!」

無駄だとは思いながら、身を捩り拘束を解こうと足掻きながら俺を取り囲む村人達に叫ぶ。
本当に、なんでこんなことするんだ。
俺は妹が危ないと聞いて村へ向かう途中、アンテに腹を殴られ気絶した。
目が覚めればすでに今の状態だった。

「妹をどうしたんだよ!」
「知らん」
「は……?」

やっと言葉が返ってきたと思えば、妹の行方は知らないというもの。
意味がわからない。何、どういうことなんだ

「マリエは恋人のオスカーと消えた。生贄として森にいくはずだった日にな」
「………じゃあ…」
「マリエのことはお前を誘き出すための嘘さ、エーリク!この、悪魔の手下め!」
「アンテ……」

アンテは、まるでゴミ…いや、それよりももっと汚いものでも見ているような目で俺にそう吐き捨てた。

「悪魔は悪い奴じゃない?村を襲ったりしない?誰が信じられるか!」
「本当に悪魔はいて、生贄に出したはずのお前まで生きていて、安心して暮らせるはずないだろう!」
「お前は、妹を生贄にしようとした俺達を恨んでいるんだろう!」
「仕返しをするために悪魔に魂を売り、今なお生きているんだ!」
「お前と悪魔を殺さなければ安心して暮らせない!だからまずはお前からだエーリク!」

何を、言っているの
村人達から次々と浴びせられる言葉に、身体が冷えていくようにを感じた。
なんで、恨んでいるだなんて思うんだ。
なんで仕返しなんてすると思うんだ。

「悪魔がっ、悪い奴じゃないわけないだろう!汚らわしい!」

こいつらのどこに、知りもしないユーリのことを悪く言える権利があるんだ。
俺足掻くのをやめ、いまだにぎゃあきゃあと騒ぎ俺に罵倒を浴びせてくる村人達を見据えた。

「お…前らの方が…」
「あ!?」
「お前らの方がよっぽど汚らわしいんだよ!」
「なっ…!?」

怒りで身体が震えていた。
ユーリは、俺が何度生まれ変わっても何度でも迎えに来てくれると言った。
そしていつか一緒に人間に生まれ変わって、一緒に生きていこうと。

「まっぴらごめんだ…」
「何を…」
「人間になんて、もう生まれ変わりたくない…っ」

ぼろ、と俺の目から雫が落ちた。
生まれ変わったら、俺はきっとユーリのことを覚えてないんだろう。
そして、知りもしない悪魔に恐怖して不浄の物として罵り生きていくんだ。
人間に生まれ変わるってことは、そういうことだ。
実際俺だって、生贄として森に行くまでユーリを、悪魔という存在をそんな風に考えてた。
そんなのは嫌だ。
ユーリを汚らわしいだなんて、そんな風にしか考えられない人間になんて生まれ変わりたくないよ。

「悪魔に生まれ変わって、ユーリと長い時間生きる方がずっといい!」

そうだよ。
そしたらユーリと同じ。ユーリを差別して、悪い奴だと思うこともないんだ。

「なんだと!」
「本当にお前は悪魔に身を落としきったんだな!」
「殺せ!火炙りだ!」

俺の言葉に村人達は怒り心頭したようで、松明に火をつけ、磔にされている俺の足元に次々と投げはじめた。
ユーリのもとを離れる時に着たままだったドレススカートの裾に引火する。
恐くはなかった。
むしろ、もう人間として生きている方が嫌だ。早く生まれ変わって、ユーリのところにいくんだ。
俺は襲ってくるだろう痛みや熱さに目をぎゅ、と瞑った。


「俺のエーリク、悲しいことは言うなよ」


耳元で、大好きな優しい声がして、俺は閉じていた目を開いた。
俺を縛っていた縄は大好きな腕に、俺を焼き尽くそうとしていた火は赤い薔薇に、俺を磔にしていた丸太はユーリになっていた。

「ユーリ…!?」
「迎えに来たよ、帰ろう。エーリク」

驚いて振り返ると、黒い大きな翼を広げる大好きな悪魔がそこにいた。

「ユー…」

「悪魔だぁああああ」
「ぎゃあああ」
「殺される!呪われるぞぉお!」

俺は身体を捩りユーリの方を向くと、村人たちから恐怖に染まった叫び声が発せられた。
ユーリは俺をぎゅ、と抱きしめ直して村人たちを冷たく睨み付ける。

「俺のエーリクに、何をしてくれたんだ、お前ら」

ユーリの言葉に村人達は一気に黙る。
どいつもこいつも顔面蒼白で、微かに震えている。

「…まぁいい。とにかく、エーリクは返してもらう。さぁ、帰ろうエーリク」
「あ、ああ…」

ユーリは俺の手を引いて、薔薇の中から抜け出す。
その顔は、先ほど村人たちに向けたものではなく、とても優しい、いつもの顔。
ユーリのところに帰れるんだ。
俺も思わず顔が緩む。
先ほどまでの緊迫感など忘れてしまうほどに、今ここにユーリがいることが嬉しい。
俺もユーリに手を引かれるまま、薔薇の中から抜け出そうと足を踏み出した、その瞬間。

「死ね!悪魔ども…!!!」

アンテの叫び声とともに、どすん、と鈍い音がした。

「…え?…」

目の前のユーリの目が見開かれる。
俺の横には、長い柄があり、それは真っ直ぐユーリの胸に伸びていた。

「――――っ」
「エー、リク」

ユーリの胸に、アンテの投げた大きな杭が刺さっていた。

「ユーリ!!!!」

真冬の川に突き落とされたような感覚だった。
つま先から頭のてっぺんまで一気に冷えて、何も考えられない。
なに、なにこれ、どういうこと

「いまだ!エーリクも殺せ!」
「悪魔どもを殺すんだ!心臓を杭で打てぇええ!」

先ほどまで黙っていた村人達が一気動き出した。
どうしたらいいのか、何が起こっているのかさえわからず固まる俺の腕を、ユーリが力強く引いた。
次の瞬間には地上は遠く、空へと舞い上がっていた。
俺の目には、真っ青な空と、真っ黒な羽根しか見えない。
下から村人たちの叫び声のようなものが聞こえるけれど、もう何を言っているのかはわからない。
俺はいまだ硬直したままユーリに抱きかかえられて、森へと降りて行った。



「ユーリ、ユーリしっかりして…!」
「エーリク、泣かなくてもいいから…」
「泣かないでいられるか!お前っ…胸に杭ささってんだぞ…!」

森の中に降りてすぐ、ユーリは膝から崩れ落ちた。
息は荒くて、微かに笑っているけれど、その顔に生気が感じられない。
いやだ、どうしよう、どうしよう
いまだにユーリの胸に刺さったままの杭に手を乗せる。
無理に引き抜いたらきっと良くない。でもこのままにもしておけない。
どうしたらいいの、だれか、だれか

「死んじゃ嫌だよユーリ…っ」
「悪魔は死なないさ、寿命がきたら消えるんだ」
「何言っ…」
「置いていかれるのは、俺の方だと思ってたんだけどなぁ…」

さらり、冷たくなった手で俺の頬を撫でる。
俺の瞳からは決壊したように涙がボロボロと零れ落ちていく。
俺は頬に置かれたユーリの手を縋るように握りしめた。

「まさか置いていくことになるなんて思わなかった」
「何っ、…ユーリっ、嫌だ…っ」
「置いて行かれるのも、辛いだろうと思ったけど…」
「もう、喋んないで…っ、お願…っ」
「置いていくのも、辛いんだね」

そう言ってユーリは微笑んだ。
なんで、こうなったの
俺がアンテなんかについて村に行ったせい?
やっぱり俺なんて、早く死んじゃえばよかった。ユーリが来るより先に、殺されちゃえばよかったよ

「ばかユーリ!待っててくれるって…っ、俺のこと、生まれ変わるの待っててくれるって…言ったじゃんか…!」
「うん…」
「おれっ…俺じゃ、待っていてあげられないんだよ…!人間の一生は短いってっ…知ってるだろ!?俺っ、ひとりになっちゃ…っ」
「うん、ごめんね、エーリク」

もう力のない指先が俺の涙をぬぐう。
けれどあふれる涙はいっこうに止まらず、ユーリの指を手を濡らしていく。

「けど、約束するよ…」
「…え?」
「きっと君を迎えに行く」
「っ…!」

振り絞るように、ユーリは身体を起こして、その唇で俺の唇にそっと触れた。

「君が覚えていなくても、俺が覚えているから…」
「や…だ、ユーリ…」

握りしめていたユーリの手の感触が失われていく。
消えてしまう、いなくなってしまう
ああやだどうしたらいいの、ダメ
ユーリは相変わらず微笑みながらもう一度、感触のなくなった指で俺の涙を拭う。

「だからまた二人で、――――」

さあ、と一際風が強く吹いて、目の前のユーリは黒い薔薇の花に変わった。
花びらたちが乱れ、散り散りになりながら俺をすり抜けて空へと舞いどこかへ飛んでいく。

「ユー…リ…?」

ユーリの手を握りしめていた手にも、黒い薔薇だけが残っていた。

「―――――っ」

森中に、俺の泣き叫ぶ声が響いた。
俺の大好きな、愛しい悪魔は真っ黒な薔薇の花になって消えてしまった。

「迎えには、俺が行く…からっ…」

掌に残った最後の花びらに口づけを落して、手放した。
残ったのは、優しく俺を呼ぶユーリの声だった。








―――ク、

――――…ク!

――――――…リク!


「陸!」
「っ、」

大声で名前を呼ばれ、はっと目を開くとそこは見慣れた教室だった。

「陸!陸、大丈夫!?」

酷く焦った声とともに肩を掴まれ、覗き込まれる。

「怪我してないか!?陸っ!」
「…リ…」
「え?」
「…ユーリ…」
「っ、」

俺の言葉に、目の前で俺を焦ったように心配していた登坂先輩が固まる。
そして見る見るうちにその瞳が潤んでいく。

「おもい…だしたの、か…?エーリク…」
「っ、ユーリ!」

俺は困惑した表情の先輩に思い切り抱きついた。
ああ、なんで忘れていたんだろう。こんなに愛しくてたまらない人を。

「ごめっ…俺、俺っ…!」
「いいんだ、エーリク、いいんだよ…」

ぎゅうぎゅうと先輩を抱きしめながら、俺は気づいたら泣いていた。
先輩はそんな俺をあやすように俺の背中を優しく撫でてくれた。

「約束しただろ、お前が忘れても、俺が覚えてるって」
「でもっ…」
「エーリクは…迎えにきてくれた。本当は、俺が行く約束だったのに…」
「え?」

ぐすぐすと鼻をすすりながら先輩を放して向き合う。
涙と鼻水でぐずぐずになった俺に笑いかけながら、先輩はその手で涙を拭ってくれる。

「裏庭で、お菓子を持って…、お茶会しようって」
「…だって…ユーリが消えた後…迎えには俺が行くって、誓ったから…」
「うん。ありがとう…」

くすりと笑って俺の頬にちゅ、と小さく唇を当てた。
俺はもう一度その背中に大きく腕を回して、抱きつく。

「オレンジペコ…美味しかった」
「砂糖いれすぎだけどね」
「…今度はお菓子用意してくる」
「本当?じゃぁ俺は今度からお茶だけでいいんだな」
「あははっ」

背中に回された腕に、俺は安心して目を閉じる。
今度は同じ時間を一緒に生きていけるんだ。
もう、今は二人過ごしたあの場所ではないけれど、目を閉じれば、今でも響くユーリの最後の約束。





(君が忘れても、俺が覚えているから)

(だからまた二人で)




森の奥でお茶会を



END



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