森の奥でお茶会を4


「エー…リク…?」
「え?」


ユーリと森へ苺を採りに来た。
あまり屋敷からは出ず、二人でまったりと過ごす日々が多いけれど、たまには外に出てみようということになった。
ならばいっそ明日のお菓子用と、朝食のジャム用に苺をたくさん摘みに行こうということになり、俺とユーリは手分けして苺を摘んでいた。
ユーリと離れ、ひとり森を散策していると、突然背後から声がかかった。
振り返るとそこには、村に住んでいたころに俺が働かせてもらっていた家の息子が立っていた。

「アンテ…?」
「エーリク!」

働かせてもらっていた家の息子とはいっても、俺とアンテは歳も同じで、友人と呼べるような間柄ではあった。
特別に親しかったわけではないけれど、村で遊ぶ時間もなく友人もほとんどいなかった俺にとっては、大事な存在であった。
アンテは目を見開いて驚いた顔をしていたが、俺だと分かると走って俺に駆け寄り、俺を抱きしめた。

「無事だったのか…!っていうかお前今まで何してっ…」

「エーリク?」

俺の顔やら体やらをやたら撫でまわしながら、アンテは真っ青な顔に涙を浮かべて俺を心配していた。
俺は妹の代わりに森へ生贄としてやってきたから、挨拶など当然していないし、突然消えたようなものだ。
そんな俺が今こうして普通にしているのがよっぽど不思議だったのだろう。
動揺しているアンテを落ち着かせようと俺が口を開きかけたところで、ガサリという草を分ける音とともに優しく名前を呼ばれた。

「ああ、ユーリ」
「どうした?…誰?」
「村に居たころの友人、アンテだよ」

ユーリは少し眉根を寄せて、不機嫌そうに俺とアンテを交互に見やる。
俺に抱きついているアンテに嫉妬してくれているのだろうか。可愛いな。
俺はアンテをやんわりと引き離して、ニコリと笑いながらユーリへ近づく。

「妬いたの?」
「…意地悪な質問をするね、エーリク。当然だろ」
「ははっ、ごめんな」

ぷく、と頬を膨らませて拗ねるユーリに噴き出して俺はついその頭を撫でた。

「エーリク…?」
「あ、アンテ、こいつは…」
「あ…悪魔っ…!」

アンテは突然叫びだした。顔は先ほどより真っ青で、歯がガチガチと音を立てている。
俺はそんなアンテにニコ、と笑いかけて歩み寄る。

「そう、悪魔だけど、悪い奴じゃないんだ」
「エーリク…?何を言っているんだ…?」
「村を襲ったりしないって、約束してくれているし。俺が今こうして無事でいられるのもこのユーリのおかげなんだよ」

ガタガタと震えているアンテに諭すように話す。
確かにユーリは背中に真っ黒な羽が生えているし、村に生贄を要求した悪魔だけれど本当に悪い奴じゃない。

「なぁ、だから村の人たちに伝えてくれよ。安心して暮らしていいって」
「エ…エーリクは…」
「俺は、ユーリとここでずっと暮らすよ。それが約束だし、俺はユーリと一緒にいたいから…」

俺がそう言ってもう一度笑うと、アンテはユーリを怪訝な目つきで見つめながらも、幸せに名、と一言残して帰って行った。


「エーリク…」
「あいつこんな森に何しに来たんだろうなー…」
「エーリク…」
「ん、どうした?ユー…っ」

繰り返し名前を呼ぶユーリを振り返ると同時にぎゅ、と抱きしめられた。

「え、ユーリ?」
「ありがとう…」
「へ?」
「一緒にいたいって…嬉しかったから」

言いながらユーリは俺の背中に回す腕にぎゅうぎゅうと力を込める。
俺もユーリの背中に同じように手を回して抱きしめ返す。

「何言ってんだよ。俺こそ、傍に置いてくれてありがとう」






あれから数日後、俺達はまた森に出かけていた。
摘んだ苺で作ったケーキやジャムが思いのほか美味しくて、また採りに行こうということになったのだ。
あまり採りすぎては来年食べられなくなってしまうから、今回は少しだけ、と言いながら。
実は、家でまったりとする時間も愛しいが、こうして二人で出かけるということがなんだかいつもと違ってわくわくするからだったりする。

「なぁ、この間アンテに会ったところら辺に結構見つけたんだ」
「本当?じゃぁそこに行こうか」
「たしかあれはー…」

「エーリク…!」

ユーリと手をつないで歩いていると、ガサっと勢いよく目の前にアンテが現れた。

「ア、アンテ…!?」
「エーリク、大変だ…!」

さすがにもう会うこともないだろうと思っていたアンテが突然現れて、俺とユーリは驚いた。
前回、幸せにと言ってくれたものの、酷くユーリに恐怖していた様子だったアンテはもうここには来ないだろうと二人で言っていたのだ。

「な、何が…」
「マリエ…、お前の妹が処刑されそうなんだ…!」
「は!?」

アンテは汗をだくだくと流し息を切らしながら一気に言った。
マリエは俺の妹。本来生贄としてこの森に来るはずだった存在だ。
身代わりになったのがバレたらまずいからと、恋人と一緒に村を出るように言ったはずなのに、なぜ今頃になって処刑?

「ちょ、アンテ、どういうことだ…!?」
「お、俺、この間お前に会ったことを村に伝えたんだ。そしたら、村伝えにマリエの耳にもお前が無事だってことが届いたらしくて村に戻ってきたんだ…!」
「なっ、」
「でも村長は元々生贄になるはずだったマリエが逃げ出したと思って怒って、それで…っ」
「待って、なんでだよ!?逃げるよう言ったのは俺だし…っ、第一マリエが生贄にならなからって村がどうなったわけでもないだろ!?それなのにっ…」
「俺だって意味が分からないよ!でもとにかくマリエが危ないんだ!俺もこんなのは理不尽だと思う!だからエーリク、一緒に来て村長達を止めてくれ…!」

アンテに肩を掴まれ、ガタガタと揺さぶられる。
俺の、それまでの人生の半分くらいを妹のために捧げてきた。
それを悔いたことはないし、本当に妹が大好きで大事だったからそうしてきた。
こうして森に居るのだって、もとは妹を生贄にしたくなかったからだ。
そうして大事に育ててきた妹がそんな理不尽な、意味の分からない理由で処刑だんて、許せない。
今すぐにでも村に行って、妹を助けなければ。俺の唯一の肉親。大事な妹。
そう思うのに、身体が動かない。
急すぎる出来事に、足元が震えてしまって、頭が真っ白になってしまう。

「エーリク…」
「ユーリ…」
「急いで村に行っておいで。大事な妹なんだろ?」
「ユーリ…っ」
「俺は先に屋敷に帰って今日のお茶の用意をしておくから。さっさと行って、妹もつれておいで?」

ニコ、と優しく微笑んでユーリは俺の頭をさらりと撫でた。
途端に全身の緊張がほぐれる。

「俺が行ったら大変な騒ぎになるだろうし、一緒に行ってはあげられないけど、待っているから。早く行って、帰っておいで」
「う、うんっ…」
「じゃ、じゃぁ早く行こうエーリク!」

ユーリの言葉に俺はこくこく頷いて答える。
アンテはそんな俺を見て、ぐいと腕を引っ張った。
そのまま腕を引かれて走り出しながら、振り返ってユーリを見た。

「ユーリ!今日のお茶はオレンジペコがいい!」
「わかった、気を付けてね」

ニコっと笑って手を振るユーリに、俺はまだ妹を助けられてもいないのに、落ち着いていくのがわかった。
早く妹を助けて、ユーリの所に帰ろう。
俺はユーリが見えなくなってから、前を向いて足を速めた。

「やっと見えなくなったか…」
「え?」

アンテが何かボソリと言ったあと、どすん、と腹に衝撃が走って、俺膝から崩れ落ちた。

「っ、ア、ンテ…っ?」
「まんまと騙されやがって、この悪魔の手下が」

霞む視界に見えたのは、醜く歪んだアンテの笑みだった。
いまいち現状が理解できないまま、俺の意識はそのまま闇に沈んでいった。










近づく別れ



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