森の奥でお茶会を3


森の悪魔、ユーリとの生活は悪いものではなかった。
むしろ村にいた時よりも俺は幸せだと感じているかもしれない。


「ユーリ、今日の紅茶は?」
「エーリクが甘いの好きだっていうから、アッサムでミルクティーにしようかと思って」
「本当?ちょうどよかった!今日は砂糖控えめのシナモンクッキー」

この屋敷には綺麗で大きな庭がある。
そして、その庭を一望できるテラスでお茶会をするのが俺とユーリの日課だ。
俺が来る前までは、ユーリはお茶だけでひとり庭を眺めながら過ごしていたらしい。
ユーリの淹れる紅茶は本当に美味しい。同じ茶葉とお湯を使っているのになんでこんなに味が違うのかと不思議に思う。
でも、せっかくそんな美味しいお茶があるなら、お菓子だってほしい。
そしてお茶とお菓子があるなら、お喋りも楽しんで、お茶会気分を味わいたい。
だから俺はお菓子を作るようになった。
ユーリの淹れるお茶と、俺が作ったお菓子をテラスにあるテーブルに並べて、ゆっくりそれを口にしながら何気ない会話をして、庭を眺める。
なんてゆったりとした温かい時間だろう。

「ん、おいしい」
「ユーリの紅茶も美味しいよ」
「ありがとう」

まるで村の娘たちみたいな会話だ。
村の娘たちは仕事の合間にお茶やお菓子を持ち寄ってお喋りに花を咲かせていた。
女の子みなりたいと思ったことは無いけれど、ずっと妹を養いながら生活していくために働いてばかりでろくに友達もいなかった俺にとって、それは楽しそうでとても羨ましいものだった。
実際あの娘達ほどのお喋りはしていない。俺たちは二人とも男だし、あんなに話すことだってない。
でも、このユーリと過ごすのどかな時間はとても幸せで、大好きだった。

「エーリク、今日の服も可愛いな」
「…ありがたくないけどありがとう」

俺が来ているのは村の娘たちが着るような服だ。スカートだ。
もともと生贄は俺の妹、美しい娘の予定だったため、女物の服しか用意していなかったらしい。
あとはユーリの服しかない。
ユーリの服は、シャツはでかいながらに着れるが、ズボンはぶかぶかすぎて穿けなかった。
決して俺の足が短いのではなくユーリが長すぎるのだと俺は信じている。
シャツ一枚で過ごすよりはましだろうと考えて、俺はこの屋敷にきてからずっとスカートを穿き続けている。
最初は恥ずかしさもあったが、ここには俺とユーリしかいないのだし、何よりユーリはどうやらこの格好の俺を気に入っているらしいので、まぁいいかと思うことにした。
今日の服は白いフリフリとしたブラウスの上に緑色の下に向かって広がるワンピーススカートを穿き、腰あたりをスカートと同じ色のリボンで絞ってあるものだ。
首元にはピンク色のリボンまでついている。

「エーリク、ほっぺにクッキーの食べかすついてる」
「え、取ってー」
「ん」

取ってと言いながら顔をユーリに突き出すと、顎を優しく包まれ、ぺろ、とかすがついているだろう口元を舐められる。
最初に襲われた時は怖かったが、何だかんだと言いながら俺とユーリはそういうことをスる仲だ。
ユーリは優しく優しく俺を抱く。
俺はそれに身を委ねているだけだが、その行為は嫌いじゃない。むしろユーリを近くに感じることが出来るのは嬉しかった。
そういうのは、恋人同士だとか、愛を誓い合った人同士でやるものだと思うし、俺はずっとそう考えていた。
ユーリとは別に好きだ愛していると言いあったことはないし、恋人同士でもないけれど、そうすることはとても自然なことのように思えた。

「ん、…んぅ、は…」

俺の口元のクッキーを舐めとっていた舌はいつしか口内へと侵入していた。
歯列をなぞり、上顎をこする。
熱いユーリの、このキスも嫌いじゃない。

「…ん、あまい」
「そりゃ…砂糖いっぱいいれたし」
「エーリク、いつか砂糖になるんじゃないか」
「なるわけないだろ!」

ちゅ、と音をたてて離れた唇。
ユーリはペロリと唾液をぬぐうように自分の唇を舐めて笑った。
ああ、なんかしあわせだな、と思う。

「ユーリ」
「ん?」
「俺いますごい幸せかも」
「エーリク…」

俺はずっと、死んでしまった両親の代わりに妹を幸せにしなければと必死になってきた。
だからこそ、妹の代わりに生贄としてこの森にきたのだし。
けれど今、その妹はいなくて、俺は俺の幸せのことを考えられる。
ユーリと、こんな風にお茶会しながら過ごして、ユーリといられることをこんなに幸せだと思ってる自分がいる。
こんな日がくるなんて、思わなかった。

「俺、最初は本当、怖かったんだけど…絶対食われると思ってたし」
「…食っちゃったけどな。性的な意味で」
「………」
「ごめんなさい」
「……でもさ、実際そんなことなくて、ユーリは優しいし、俺、ユーリといられて幸せだなって思うよ」

そう言ってユーリにニコリ笑いかけてから、サク、とクッキーを一口口に運んだ。

「俺だって、同じだよ」
「んぇ?」
「俺は多くの他人と関わって生きていくのに疲れてここに閉じこもったんだけど、やっぱりひとりは寂しかったんだ」
「…どのくらいひとりだったんだ?」
「二百年」
「にっ…!?」
「悪魔は長寿だから。二百年なんて、人間の十年かそこらなもんだ」

俺はユーリの言葉に驚く。
そして二百年という言葉に村の伝説を思い出した。

「そういえば、村では二百年に一度悪魔に生贄を…って伝説があって、そんなところにユーリから生贄要求されたんだ。もしかして二百年前も生贄要求したの?」
「俺は生贄出せって言ったの何て初めてだよ。でも俺がここに来たのは丁度二百年くらい前」
「じゃぁ伝説はなんだったんだ?」
「よくあるつくり話だろ。この森、村から見ると暗くて気味悪くて昔から"悪魔の森"って呼ばれてたみたいだからな」
「ふぅん」
「まぁでも、あながち間違ってもいないつくり話だよ」
「ん?なんで?」

ユーリの声のトーンが少し沈んだ。
俺はちびちびと飲んでいた紅茶のカップから口を離し、静かにソーサーに置いた。

「二百年は、さみしくなるには十分な年月だった」

そう言ったユーリは、とても寂しそうだった。
こんなユーリは初めて見た。
俺は思わずドキリとする。

「他人と関わるのに疲れて、ここでひとりになったのに、誰もいないことがこんなに寂しいことだって思い知るには十分すぎた」
「ユーリ…」
「美味しくお茶を淹れられても、綺麗な花が咲いても、虹を見ても…どんな感動を分かち合うことは出来なくて、全部ひとりでそれらを見るのは酷くつまらないものだったんだ」

自嘲気味に笑いながら、ユーリは話し続けた。

「なんて自分は馬鹿だったんだろうと思った。それで、誰か、誰でもいいから傍にいてほしくなって、我慢出来なくて村に生贄出せって言ってみた」
「……勝手なやつだな」
「本当にね、俺もそう思う。本当最低な男だろ」

眉根を寄せて笑うユーリは切なかった。
俺は無意識に、椅子から立ち上がって、ユーリの頭を抱え込むようにして抱きしめた。

「エー、リク…?」
「でも、ユーリが勝手な奴で、勝手なことしてくれたから、俺はユーリと出逢えたんだろ」
「…っ」
「だったら、ありがとう。ユーリがもしそんな勝手なやつじゃなくて、いまでもひとりでさみしい思いをしていたらって考えたら、そっちの方が腹立つよ」

ユーリは、ゆるゆると俺の腰あたりに腕を回した。

「ひとりが寂しいってことに気付けたユーリは、最低なんかじゃないよ」

俺は腕にぎゅうと、さらに力を込めた。

「…俺、」
「ん?」

俺の腕の中でユーリがもぞもぞと身じろぎしながら何かを呟いた。
俺は腕の力を緩めて、抱きしめていたユーリ頭を解放して見つめ合う。

「俺、エーリクのこと、好きだ…」
「…っ」
「ここに来てくれたのが、エーリクでよかったって、心から思う。愛してる」
「な、ばっ…」
「エーリクは?」

じ、とユーリの真っ黒な瞳が俺を見つめる。
突然の愛の言葉に俺はたじろぐ。
どうしようこれ顔めちゃくちゃ熱い。
だけど、答えなんか、決まっているじゃないか。
言葉にしたことはなかったけれど、これはもうごく自然な感情として俺の中に生まれている気持ちだ。

「俺だって、好きだよ…」
「よかった」

俺の返事を聞いてユーリは溶けるほどの笑みを見せる。
うわぁ何それ反則だよユーリ。
あまりにも綺麗なその笑みにつられるように、俺はユーリの唇にキスを落した。

「…なぁエーリク」
「ん?」
「生まれ変わりってわかる?」
「ああ。俺が死んでも次の世に、ってやつだろ?」
「そう、それってすごく不思議な、でも素敵なことだと思わない?」

唇を離すと、ユーリは俺を見つめながら突然生まれ変わりのことを口に出した。
俺は首を傾げながらそれを聞く。

「たとえば今ここにいる俺が死んでも、また別の時間の別の場所で俺は生きてるんだ」
「うん…」

ユーリが何を言いたいのかはよくはからないが相槌を打ちながら静かに聞く。

「俺とエーリクは、悪魔と人間で、絶対ずっと一緒にはいられない。エーリクの方がずっと早くに逝ってしまう」
「…う、ん…」
「でも、俺はずっと待ってるから」
「え?」
「今の君といつか別れる日がきても、またエーリクがどこかで生まれてくるのを俺は待ってる」
「ユーリ…」

ユーリは優しい声で優しく笑う。
腰に回していた手を片方俺の頭に持ってきて、さらさらと髪を梳く。

「生まれ変わったら全部忘れてしまっているかもしれない…」
「そんなこと…」
「でも、大丈夫。もしエーリクが忘れてても、俺が覚えてるから」
「…っ」
「絶対忘れない。何回でも君に会いに行く。…悪魔が長寿なのはきっと、俺が生まれ変わるエーリクに何度も会いに行くためだったんじゃないかなって思う」

俺の目から、いつのまにかポロポロと涙が零れていた。
そんな切ないことを言わないでほしい。
じゃぁユーリは、俺が死んで生まれ変わるまでの間またひとりになっちゃうんだろ。
ひとりがさみしいと言ったユーリを置いていくなんて、そんなの悲しい。

「そして、いつか俺のこの、長い命が尽きたら、今度は一緒に人間に生まれ変わって、同じ時間を過ごしたい」
「ユーリぃっ…」
「その時だって、俺は絶対、エーリクとのことは全部覚えてて、エーリクを迎えに行く」

零れる涙を掬うように、ユーリは俺の瞳にキスをした。
俺は縋るように、ユーリに抱きついた。

「でもそれじゃぁ、ユーリはまたひとりになっちゃうじゃんか…!」
「そだな。でも、今度はエーリク、お前を待っていたられるんだ。ひとりでも、さみしくないって思うんだけど」
「ばかっ…本当、勝手なやつだ…!」
「うん、でも、さっきエーリクは俺が勝手なやつでよかったって言ってくれただろ」
「っ、ほんと、ばかやろー…」

ぎゅうぎゅうと抱きつく俺を、ユーリも抱きしめ返してくれる。
日の当たる森の奥の屋敷の、綺麗な庭が見えるテラスで、俺とユーリは約束をした。







きみと約束の庭



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テーマ「人外ファンタジー」
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