森の奥でお茶会を2

「俺は美しい娘を要求したはずなんだけど…」
「はい、すみません…」
「あんた、娘どころか男だし、これでもかっていうほど普通顔だよな…」
「はい…すみません…」

小鳥さえずる森の中で、俺は悪魔と出逢った、
いや、出逢ったという言い方には語弊がある。
俺は生贄としてここにきたのだから。

「はぁ…俺、なめられてるの?村潰すそうか」
「っ…違…っ!これは、俺が勝手に…!」
「あ?」
「俺、何でもしますから、村は…村には手を出さないでください…!」

俺の村は「悪魔の森」と呼ばれる森のすぐ近くにある。
その森には、悪魔が住んでいるという伝説があり、200年に一度生贄を要求されるという言い伝えがあった。
半信半疑で気味の悪い森の近くに住んでいた俺たちに、それはやってきた。
村長の家の壁に、赤い文字で「村で一番美しい娘を差し出せ」と、禍々しく書かれていた。
伝説は本当だったのだ。
村は騒然として、一刻も早く生贄を差出し、悪魔様を鎮めようということになった。
そして白羽の矢が立ったのは、村で一番綺麗で年頃だった、俺の妹だった。

「あの、俺、妹を…どうしても、生贄にしたくなくて…っ」
「それで身代わり?」
「っ、はい…、あの、顔はヴェールで隠れているし、顔は似てないけど背丈とかはほとんど同じだったから…村の人たちにも内緒で…」
「でも、俺には結局バレてるじゃないか」
「…っ、ですからっ…俺、は…なんでもしますから、どうか、村は…っ」

妹には恋人がいた。
しかもつい先日プロポーズされたと喜んでいたばかりだ。
そんな妹を、悪魔に差し出すことは出来なかった。
そうでなくても両親を早くに亡くし、唯一の肉親であった妹を、生贄になど出来るはずもなく、俺は村人の目を盗んで入れ替わった。
妹には恋人とどこか遠くへ逃げるよう言った。泣き別れたが、きっと恋人がなんとかしてくれるだろう。村でも評判の好青年だ。
あいにく俺には、俺がいなくなって悲しんでくれるような恋人や、困る人などいなかった。
こうして妹の身代わりとなった俺は、そうとは気づかれないまま縄で縛られ、森の奥に置き去りにされた。

「んー…何でもね。…いいよわかった」
「ほ、ほんとう…!?」

森にひとり取り残され脅える俺の前に現れたのは、真っ黒な羽根を背中に広げた美しい男だった。
それはもう、一瞬恐怖さえ忘れて見惚れるほどに、その悪魔は美しかったのだ。
しかし悪魔は俺が要求通りの「美しい娘」じゃないと分かると、その綺麗な顔を不機嫌そうに歪めた。
俺は我に返り、村にだけは手を出さないでくれるよう懇願した。

「うん。あんたが何でもしてくれるんだろう。一緒に来て」
「…はいっ」

何をさせられるのかは分からないが、村の安全は約束され、俺はホっと息を吐いた。
悪魔がパチンと指を鳴らすと俺を縛っていた縄がするりと解けた。
着いてきて、という悪魔に、俺はあわてて立ち上がり急いで後をついていった。


そうしてたどり着いたのは大きな屋敷だった。

「ずいぶん立派なお屋敷ですね…」
「ここ、俺の家。今日からあんたも住むんだよ」
「え!?」
「…なに?」
「い、いえ…」

てっきり食われてしまうものだと思っていたから、住むと言われて驚いた。
悪魔に促され、俺は屋敷の中に入った。

「きれい…」
「そう?気に入った?」
「え、あ、…はい」
「ならよかった。さ、こっち来て」

屋敷の中は、あちこちの窓から差し込む日の光で明るく、温かかった。
窓の外から見えるのは青空と、ガーデニングされた庭。
悪魔の屋敷だから、もっと暗くて陰湿なものをイメージしたのだけれど、ずいぶんと違い驚いた。
俺はきょろきょろと屋敷内を見渡しながら、奥に入って行く悪魔に着いて行った。

「ここ、入って」
「はい…」

キィ、と音を立てて開けられたのは一番奥の部屋だった。
俺はおずおずとその部屋に足を踏み入れた。
部屋の中は、暗かった。

「あの…この部屋は……っ、!?」

バタン、
暗い部屋に戸惑っていると、背後で扉が閉まる音がして、振り返ろうとした瞬間に、床に押し倒された。
俺は暗くて見えない中で、何が起こっているか分からず、混乱して手足をバタつかせた。

「な、なにっ…!?」
「何でもするって、言ったよね」
「え?………っひ!」

耳元で悪魔の声が聞こえたと同時に、太腿をつたう感触に体が跳ねた。
なに、なんだ!?

「あ、のっ…、!っ、やっあ」
「結構敏感?なら都合いい」
「や、やめっ…ぅあっ」

今度は首筋にベロリと生ぬるい感触。
俺は鳥肌が立って、より一層暴れる。
なにこれ、こわいっ…

「ちょっと、暴れないで。何でもするっていったのあんただろ」
「ひ、ぁ…、なん…、でもって…んあっ」
「俺、こういうこと目的で綺麗な娘要求したの。代わりに来たんだったらあんたが相手してくれないと困る」
「お、れっ…男、ですっ…」
「うん。いいよ、その辺は。悪魔あんまりそういう細かいの気にしないし。あとは好みの問題だから」
「そ、な…っああっ、」

妹の身代わりだったため、着ている服は町娘のドレススカートだ。
悪魔の手はするすると俺の足を滑って中心に辿りつき、俺のそれを厭らしく撫でる。
妹養うのに働いてばかりで、自分で自分を慰めることもあまりしなかった俺にそれは刺激が強すぎて、身体がビクビクと跳ねて反応してしまう。
その度に俺の口から高くて甘ったるい声が漏れる。
やだ、はずかしいなにこれやだ
俺はいつの間にかボロボロと涙を零していた。

「は、あ、っ…も、やっ…」
「え、もうイく?早くない?」
「ふ、ぅっ、…んっ、んんんっ!」
「あ、出ちゃった」

一瞬頭が真っ白になって目の前がチカチカする。
喉からひゅーひゅーと荒く息が漏れる。身体に力が入らない。
悪魔はスカートの中から手を抜いた。

「…顔みたい」
「へ…?」

パチン、と指を弾く音が聞こえて部屋に明かりが灯る。
まだぼんやりとした頭のまま、目の前に座る悪魔を見やる。

「は、…はぁ、…あの…」
「…可愛い…」
「ぇ、あ…んぅ、」

息を整えながら悪魔を見つめていると、悪魔が少し頬を染めて屈み、そのまま噛みつくように口づけてきた。
唇を割って口内に侵入してきた舌は、歯列をなぞりながら上あごを擦って、そのまま何か別の生き物のように暴れた。
くちゅり、と角度を変えるたびに卑猥な水音と、漏れる息遣いが部屋の中に響く。
どうしよう苦しい。
どうやって息したらいいんだろうか。

「ん、は、…っるし、ですっ…んむっ」
「は、っ…む、ん」
「んん、…ねがっ、ふ、あ、く…るし、あむ、」

自分を慰めることさえまともにしていなかった俺に、こんなに激しいキスは難易度が高すぎて全くついていけない。
しかも悪魔も興奮しているのかだんだん激しさが増していく。
やばいほんとうに苦しいどうしたらいいんだこれ。
だめだ、むり、さんそっ…

「く……るしいって言ってんだろこの馬鹿!」
「ぶへっ」
「あっ…」

俺は苦しさのあまり思わず悪魔を殴り飛ばしてしまった。
俺の拳が見事に悪魔の右頬に決まり、マヌケな声を出しながら悪魔は横に倒れこんだ。
や、ばい…

「いた…、た」

悪魔は右頬を抑えながら小さく呻いて起き上がった。
俺は自らおかしてしまったことながらパニック状態に陥っていた。
悪魔を殴ってしまった…!
やばいどうしよう!
何でもするって言って村を襲わない約束までさせて殴ってしまった!しかもクリーンヒットである!
俺はざぁっと青ざめた。

「ごごごごごごごごごごめんなさいっ…!」
「え?」
「あああの俺っ、キス、とかその初めてで息とかできなくてそのあの、本当ごめんなさいっ…!」

俺は床に頭を擦りつけて謝った。
どうしよう、これで約束は撤回だ村は潰すとか言われたら…!
俺はぶるぶると震えながら土下座し続けた。

「あの…」
「何でもするとか言ったのに本当ごめんなさいあの本当に俺」
「っぷ、」
「へ?」

慌てくって謝る俺に、悪魔が噴き出した。
俺は思わず顔を上げると、そこには、ケラケラと笑う悪魔がいた。

「やめっ…ははっ、おかしっ…あははっ」
「あの…?」
「あははは、ごめっ、ちょ、とまんないっ、ははははっ」

森で出会ってから、先ほどまでずっと無表情で、眉根ひとつ動かさなかったのに、笑っている。
腹を抱えて笑っている。
俺は驚きと困惑でそれをぼーっと見ているしかできなかった。

「あああ、あの…」
「あはっ、はぁ、…ああ、ごめん、笑ったりして」
「え、いえ…」
「あんな風に謝ってくる奴初めてだったから、可笑しくて」

悪魔はそう言いながら、いまだにクスクスと笑いを零して俺の頭をぽんぽんと撫でた。

「キス、初めてだったのか?」
「あ、はい…」
「そう。なんか嬉しいかも」
「え?」
「敬語、いらない。俺、あんたのこと気に入ったよ。名前は?」
「あ…エーリク…」
「そうか。俺はユーリ。これからよろしくな、エーリク」

最初からがっついてごめんな。
そう言って悪魔、ユーリは俺の額にちゅ、と小さくキスをした。

「あの、怒って…ないの?」
「なんで?」
「俺、何でもするって、言ったのに…殴っちゃったし…」
「ああ、いいよ。お前、可愛い」
「えっ」
「何でもするっていうのも、惜しいけどいいよ、しなくて。ココにいてくれたらそれでいいや」

ユーリはぐ、と俺の身体を引き寄せて俺を抱きしめた。
途端に俺の心臓がドキンと大きく跳ねた。

「いきなり襲っちゃってごめんな、エーリク」
「ユーリ…」
「ああ、名前…誰かに呼ばれたのなんかどれくらいぶりだろう」
「…?」
「エーリク、ここにいてくれるか?」

耳元で、とても優しい、けれどどこかすがるような声でユーリは言った。
俺はもうこの悪魔に対して恐怖など一切感じていなかった
そろそろとユーリの背中に手を回し、抱きしめ返す。

「…うん、ユーリ」
「ありがとう」

少し離れて向かい合う。
吸い込まれてしまいそうな漆黒の瞳が微かに揺れる。








森のなかの悪魔



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