森の奥でお茶会を


「陸、はい、おやつ」
「え、は…はい…ありがとうございます」

毎日、放課後になると現れるのは一個上の先輩、登坂夕里(トサカ ユウリ)先輩。
帰り支度をしている俺の席にやってきて、大量のお菓子を広げる。
そしてそのまま前の席に座り、お菓子をバリバリと広げ食していき、もれなく俺にもすすめてくる。
俺は帰るに帰れず、登坂先輩とお菓子を食べながら過ごす放課後が日常になってしまっている。
周りの奴らは、珍獣でも見るような目で遠巻きにこの光景を眺めている。
俺だってそっち側に入りたい。

「陸、お茶。今日はオレンジペコだよ」
「あー…俺紅茶詳しくないんすけど…」
「大丈夫、おいしいから」

何が大丈夫なのか皆目見当がつかないが、俺は差し出された紅茶を受け取る。
登坂先輩は大量のお菓子と、水筒に紅茶を入れて放課後俺の所にやってきてプチお茶会をする。
勝手にやっててくれよとは思いつつも俺は何故か断れず、ズルズルと一か月ほどこの妙なお茶会に参加してしまっている。

こんなことが始まったのは、先月、裏庭で絶賛おサボり中だった登坂先輩と出逢ってしまってからである。
俺はたまたま寝坊をし遅刻をして、授業の途中から入るのも気が引けたので時間を潰そうと売店で適当に菓子を購入して裏庭に赴いた。
そこに、美形で無口クールと有名な登坂先輩はいたのだ。
登坂先輩は極上の美形だ。
サラリと艶やかな黒髪に、吸い込まれてしまいそうなほど真っ黒な瞳、すっと通った鼻筋に、自然形成されている形のいい眉。
彫刻かなにかと思うほどに計算尽くされた造形美を持つ顔立ちだった。
対して俺はさして特筆することのないごくごく平凡な男子高生だ。
別に艶もなにもない少しだけ癖のある黒髪と、少し茶色交じりのただの黒目と、低いとも高いともいえない鼻と、定期的に自ら整えなければ面白くなる眉。
まぁ一般的な日本人顔で、人ごみにまぎれれば見失うこと請け合いな顔立ちだ。
そんな俺が、登坂先輩を見て思わずテンションが上がってしまったのがいけなかった。ちょっとお近づきになろうとか思ったのがいけなかった。
有名な登坂先輩を目の前に平凡な俺は菓子を差し出して、ついでに持っていた茶も差し出しながらヘラヘラと話しかけてしまったのだ。
たしか「いい天気ですね。よかったらお茶会とかしちゃいません?」的なことを言った気がする。我ながら何言っちゃってんの感丸出しだが、あの時は何故か登坂先輩と仲良くなろうと必死こいていたんだ。
あの時の俺ガッデム。
いや、でも仕方ないよ。こう、街中で芸能人見つけると、別にファンでもなんでもないのについ近づいて話しかけたくなっちゃう、あんな感じの心境だったんだよ。
そんでちょっとした知り合いになって「俺あの人と知り合いなんだぜー」的なこと言ってかましてやろうとか思っちゃったんだよ。
それがまさかこんなヘンテコな日常を生み出すことになるだなんて、思わないだろ?普通。
あの裏庭での出来事以来、登坂先輩はこうして毎日俺のところにプチお茶会をしにくるようになったのだ。

「ん、おいしい」
「ね」
「はい。あ、でも砂糖欲しいです」
「ん。陸は甘いの本当好きだね」
「え?」

スティックシュガーを俺に手渡しながら、登坂先輩はそう言う。
確かに俺は甘いの大好きだが、俺、登坂先輩に甘いの好きだなんて言ったことあっただろうか。
まぁ菓子をモサモサ食ってる姿を見たらそう思うのが普通なのかもしれないが、何故か違和感を感じる。
まるで、登坂先輩が最初から俺が甘党なことを知っているかのような。
この一か月、こういう感じの違和感がちょこちょこ存在する。
登坂先輩と俺が出会ったのは、一か月前のあの裏庭が初めてだったのに、登坂先輩は俺のことをよく知っている。

「あの、先輩…」
「ん?」
「俺と先輩って、あの裏庭で会うよりもっと前に、どっかで会ったことありましたっけ…?」

俺の問いかけに、登坂先輩は菓子を食べる手を止める。

「なんで…?」
「あ、っと…いや、なんか、登坂先輩って俺のことよく知ってますよね…。まだ、会って一か月しかたってないのに」
「…そう?」
「え、あ…えーっと…あと、俺らが会うのって放課後のこの時間しかいないのに…うん…なんか俺のこと結構知られてますよね」

登坂先輩はやけに真剣な目で俺を見つめてくる。
俺はなんだかいたたまれなくなって誤魔化すように菓子をひとつとって口に入れた。

「…俺は、覚えてるからね」
「…へ?」
「約束したから、覚えてるよ。お前のことは全部。エーリク」
「え…」

普段表情があまり変わらない登坂先輩が微笑んで俺を見ていた。
でも、その口からでたそれは、俺の名前ではなかった。
エーリク…?

「あの…、」
「ん?」
「あ…いえ…」

誰のこと言ってんですか、と聞こうとして、やめた。
首を傾げながら尚微笑みかけてくる登坂先輩には、それをさせない空気があった。
俺はまた菓子に手を伸ばし、もそりもそりと口に入れていく。
その後、俺と登坂先輩は一言も交わすことなく、プチお茶会を終わらせた。
その頃には俺と登坂先輩以外残っておらず、教室は静まり返っていた。
こんなに沈黙のままだったのは初めてだった。
俺、もしかして何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
登坂先輩は基本的に無口で無表情と有名だけど、いつもはもう少し話してくれるのに。
登坂先輩はガサガサと片づけを始め、じゃぁまた明日ね、と立ちあがった。
俺は、よく分からないがとりあえず謝らなければと思った。
この変な関係は周りの好奇の目にさらされて嫌だけれど、登坂先輩のことは嫌いではない。
むしろ好きなのだと思う。だからこそ最初から魅かれて声をかけたのだし。
だからもし、これがきっかけで嫌われてしまったりしたら嫌だ。
教室を出て行こうと歩いていく登坂先輩を追おうと、ガタリと音を立てて勢いよく立ち上がった。

「とさかせんぱ…っ、ぅわっ!」

俺はマヌケにも椅子の脚に、自分の脚を絡めてしまい、よろめいた。
やばいコケる!

「陸っ…!」
「っ、」

床に向かって傾く体を立て直すことは出来ず、倒れこむ覚悟を決めてぎゅ、と目を瞑った瞬間、叫ばれた俺の名前。
同時にガタガタと机や椅子が倒れる音が聞こえ、傾く体は誰かに抱きとめられた。
その瞬間、ふわりと鼻孔を満たした香りを、なぜだか懐かしいと感じた。
俺を抱きとめてくれたこの腕も、俺は知っていた。
ああ、これは、この香りとこの腕は――――…




――…ク

―――…−リク、

―――――…ーリク!



「…エーリク!そろそろ起きて」
「んん、あとちょっとだけ…」
「ダメ。今日は一緒に苺摘みに行く約束したろ」
「あー…はい…」

朝日の眩しさにシパシパと目を瞬かせて、ついでにごしごしと擦りやっとこさ開いた先には、優しく微笑む黒い人。

「んー…お前悪魔のくせに朝日ガンガン浴びて平気なの…」
「吸血鬼じゃないから。別に日の光くらいどってことない。むしろ気持ちいい」
「へんなの…」

背中に黒い羽を広げ、俺に腕を差し伸べる。
俺はまだ半分以上寝ぼけた頭で、その腕にぽすりと飛び込む。
暖かなその腕と、鼻孔いっぱいに広がるその人の香りに、再び睡魔が襲ってきて、まぶたが落ちてくる。

「おいこら寝るなって」
「んー…」
「あー、もう…。じゃぁ今日苺摘み行かないの?」
「それはいくー…」
「じゃぁ起きろよ」

上から呆れたような声が降ってきて、寝癖でぐしゃぐしゃな髪が撫でられる。

そうだこの香りとこの腕だ。
俺の大好きなぬくもり。

「んー…おはよう、ユーリ」
「ん、おはよう、エーリク」

そう言いながらもう一度ぎゅう、と抱きしめられる。

忘れていた、そうだこれは…








ずっと昔の俺のきおく




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