番外編


「おー、綺麗だなーお前ー。一緒に来るー?」

そう言いながらニコニコ笑ってケージ越しに俺を見る顔に、覚えがあった。
確かこの人はあの子の――――…




きみに必要なこと*もういっこ





その頃、俺は白い鳩だった。
天使の下っぱのさらに下っぱの白い鳩だった。
死んでしまった命はまず、白い鳩になって生き物達の小さな役に立ち、キューピッドに昇級する。そしてキューピッドは天使に昇級して、後にまた次の世に生まれ変わる。というシステムらしい。
まだ白い鳩な俺は詳しいことはよく分からないけれど、俺はただの鳩ではなく、神の使い的ななんかそんな鳩だ。

正直、生まれ変わることになんの魅力も感じなかった。
なぜ前の世で俺が死んでしまったのかとか、そういうことは覚えていない。
ただ、だからこそ俺は次の世が欲しいと思わなかった。忘れてしまうのに、何でまた生まれる必要があるんだろうか。
白い鳩になって、世の中を見ているとみんな必死で生きている。
そんなに必死に生きていたって、死んでしまったら全部忘れてしまうのに。毎日大事に生きている。
仲間達は生まれ変わるために色々頑張ってる。早い奴は同じくらいに鳩になったのにもうキューピッドの奴とかいる。
俺は、まだしばらく鳩のままだろう。いや、もしかしたらずっとかもしれない。
ああもう、いっそ消えてしまえたらいい。

そんなコトを考えながら、俺は普通の鳩とは違う死ねない身体から、血をダバダバと流しながら公園の隅に横たわっていた。
消えたいとか思ったから、罰でも当たったのか、俺はカラスに襲われてしまった。
死なないと分かっているからか、仲間達は結構重症な俺を見てマヌケだのアホだの言って笑っていた。
このやろう、お前らそれでも将来天使になろうって鳩なのか。
あー、痛い。
死ねない身体のくせに痛覚はしっかりあって、身体中が痛くて動けない。
俺は薄らと開けていた目を閉じた。
このまま本当に、消えてしまえたらいいのに。

「だいじょぶー?」

ひたり。
身体に温かい感触と、耳に心地いい高い声。
なに、

「ぽっぽ?いたい、いたいー?」

閉じていた目を開くと、小さな子供が俺のことをじっと見ていた。
その顔は眉根を寄せて、まるで自分が怪我をしたといわんばかりに苦痛に歪んでいた。
俺はまだ人語は話せない。理解は出来るけれど。
喉からクル、という音を出して子供に返事をする。

「おかぁー!おかぁー!ぽっぽいたいいたいー!」

俺の返事を聞いた途端子供は大声で、後ろに向かって叫んだ。
その間も子供の小さな手は、ふわりふわりと俺の身体を撫でていた。
きもちいい
俺はその小さな手に全てを預けるように、意識を手放した。




「ぽっぽねー、しろー!」
「そうね、綺麗な白だね」

公園で意識を手放して、目を覚ますと目の前にはあの子供がいた。
目を明けた俺を見ると、これでもかという程笑って喜んだ。
俺はどうやらこの小さな子供に助けられたらしい。
血が流れていた身体には包帯が巻かれていた。

「ぎゅーにゅう!」
「え?」
「ぽっぽぎゅーにゅう!」
「?もしかしてぽっぽさんのお名前?」
「う!ぎゅーにゅう!」

今、包帯を巻かれて横たわる俺を指さしながら子供はニコニコと何かを連呼している。
子供の隣にいる母親らしき女性は首を傾げる。
ぎゅーにゅう……?あの、白い飲み物か?

「キミちゃん、いくらなんでも牛乳じゃ可哀想だよー」
「ぎゅーにゅう!」
「うーん……じゃあミルクはどう?牛乳とおんなじだよ?」
「みゆく?」
「みー、るー、く」
「みーるーく!」

そう、よく出来たわね。
嬉しそうに笑う母親に撫でられながら、子供はきゃっきゃと喜んだ。
どうやら、俺は名前をつけられたらしい。
真っ白いから牛乳で、ミルク。
何て安直な、と思いつつも俺の心はじんわりと温かくなった。

それから、子供と俺は毎日一緒にいた。
子供は外に遊びに行くときも、家で本を読むときも、寝るときも、ずっと俺を隣に置いた。
もちろん俺は小さな籠に入れられていたけれど。それでも、子供と俺はいつも一緒にいた。


「みるくー、はい」

ある日、ニコニコ笑いながら子供は綺麗な青いリボンを持ってきた。
なんだ?
俺が首を傾げていると、ゆるゆるとそれを俺の首に巻いた。

「あらキミちゃん、何してるの?」

子供の行動に気付いた母親が、優しい笑みで近づいてくる。

「あおー」
「ええ、青いリボンね。綺麗」
「あのね、みるく、しろいー、ね」
「えぇ、真っ白ね」
「あおのぽっぽはねーしあわせなの。これでみるくも、あおなるのー」

俺は子供が言っていることが理解出来ず、首にリボンを巻かれながら母親を仰ぎ見る。
あお?しあわせ?
何、どういうこと

「まさか幸せの青い鳥のこと?」
「う!」

母親の言葉に言葉はニコニコとしながら大きく頷いた。
幸せの青い鳥って、子供がこの間読んでいた絵本のことだろうか。
青い鳥が幸せを運んでくるとか、なんかそんなやつだった気がする。

「これまきまきね、みるくもあおのぽっぽ!しあわせなの!」
「ふふっ、素敵ね。ミルクはキミちゃんの幸せの青い鳥なのね?」
「う!みるく、すきー!」

リボンを結び終わり、零れそうなほどの笑顔で子供は俺に頬を寄せる。
俺の首には、くしゃくしゃに結ばれた青いリボン。
幸せの、青い鳥。
俺はなぜだか泣きそうになった。
胸の奥が、じんわり痺れて、心地いい。
こんな気持ちは、鳩になってから初めて感じた。
寄せられた頬が温かい。
この子供が、心から愛しいと思った。この子に幸せになってほしいと思った。
ああ、本当に、俺が幸せの青い鳥だったらよかったのに。
俺は自らも子供の頬にすり寄りながら、初めて生まれ変わりたいと思った。
鳩のままではなく、人間に生まれ変わって、本当にずっとこの子のそばにいられたらいい。


それから俺は怪我が完治して、子供のもとから去った。
開け放たれた窓から、逃げ出すように俺は子供の家を出て行った。
もっと一緒に居たかったけれど、生まれ変わると決めたから、そうも言ってられない。
俺は周りより遅れていたぶん、せっせと働いて昇級した。
しかももともと雄型だった俺は、生まれ変わった時に女の子としてあの子供のもとへ行き、生涯の伴侶になろうとも決意していたので倍以上昇級する必要があった。
女の子に生まれ変わって、あの子供と恋をして、結婚して、ずっと傍にいながら、たくさんたくさん幸せにしてあげるんだ。
子供はどんどん大きくなって、俺がキューピッドになってヒト型を手に入れた頃には、制服を着て学校へいくようになっていた。
丁度その頃から、子供はひとりになった。
教科書に落書きをされたり、無視をされたり、ヒソヒソと陰口を言われるようになった。
子供は泣いていた。

「公人、公人学校で何があったのよ!お母さんに話して!」
「何もないよ!ほっといてくんない!?」
「公人!」

あんなに、幸せそうにいつも一緒に笑っていた母親と子供は、ほとんど顔を合わせなくなってしまった。
部屋に一人引きこもる子供。
いつも泣いていた。

「っ…もうやだ…俺が何したっていうんだよぉ…」

暗い部屋の中でうずくまって、決して大きくはないその瞳から、ボロボロ涙を零す。

「もう、しんじゃいたい…っ」

俺は、子供がそう言いながら毎日泣いて、ひとりぼっちになっていくのを見ていることしか出来なかった。
そんなこと、言わないでくれよ。しんじゃいたいだなんて、そんな悲しいこと。
俺は、子供には見えない、触れない身体で、泣き崩れる子供を抱きしめた。
なんでこの子が、こんな風に泣かなくちゃいけないんだ。
自分勝手に命を軽んじて、生まれ変わる意味がわからないだなんて罰当たりなことを言っていた、どうしようもない俺に優しくしてくれたんだ。
死ねないのに痛くて、冷たくなっていく身体に、小さなすごく温かい手で触れてくれて、名前までくれた。
アホだマヌケだと嘲笑われた俺に太陽みたいに笑いかけてくれて、こんな俺を幸せの青い鳥だって、言ってくれたんだ。
俺を、こんなにこんなに幸せにしてくれて、生まれ変わる理由を、生きる意味をくれたんだ。
そんなこの子が、幸せになれないだなんて、そんなの嘘だろ?

『ごめん…ね。ごめんね…っ』

子供には聞こえないけれど、俺は無意識に謝っていた。
無力な俺でごめんね。
君はあんなに俺を幸せにしてくれたのに。
幸せを運ぶ青い鳥だって、言ってくれたのに。
俺は、ひとりになっていく君の、傍にいてあげることも出来ない。
俺じゃダメなんだ。生まれ変わって、君の傍に行きたかったけど、それじゃダメだ。
俺じゃ君を幸せにしてあげることが出来ない。悲しい、悔しい。
誰か、誰でもいい。この子の傍にいてあげて。
俺なんて、生まれ変われなくてもいいから、お願いだよ…神様。


高校に上がってもひとりでいる子供に、俺はもう我慢が出来なくて、全部を投げ捨てて会いに行った。
俺の全部をかけて、きっと幸せにしてあげる。
だからもう泣かないで、公人。



それでも最後に見たのは、泣いている君だった。










「キミちゃん!プレゼント!」
「は?」

浅田はニコニコ気持ち悪いほどの笑顔で俺にリボンが付いた鳥かごを渡してきた。
中には青い鳥が入っている。

「セキセイインコだよ!かっわいいでしょー!」
「あー、まぁ可愛いけどさ…どうしたのこれ」

俺は浅田からとりあえず鳥かごを受け取り、中をのぞく。
そこにはつぶらな瞳で俺を見つめる青い小鳥。
ものすごく可愛いかもしれない。

「さっきペットショップで見つけてね、連れてってーって言ってたから」
「いや言ってないだろ。どうすんだよこの子」
「だからキミちゃんにプレゼント」
「ばか」
「えー」

浅田は顔をデレ―っとさせながら一緒に鳥かごの中を覗く。
連れてってだなんて鳥が言うわけない。
お前はいつぞやのCMのチワワおじさんかよ。

『キミト』
「え?」
「え?」

俺は突然呼ばれた名前に思わず浅田を見る。
しかし浅田も驚いたような顔でこっちを見ている。
あれ?

「え、今のもしかしてこのインコ?」
『キミト』
「わー!そうだよ!喋るんだこの子ー!」

そんな馬鹿な。
確かにインコは喋るとかなんとか聞くけど、こんな買ってきたばかりのインコが喋るわけないだろう。
テンションが上がりはしゃぐ浅田を無視して、俺は再びインコを見る。

『ミルク』
「…え?」
「んぇ?今度はミルク?」

インコは鳥かごの中から、俺をじっと見つめて言った。
え、ミルク?って…

「もしかしてミルク飲みたいのかなー?鳥って牛乳飲むの?」

浅田が横で首を傾げながら何か言っているが、全く耳に入ってこない。
頭がうまく働かない。
そんなわけないだろと思いながら、でも、どうしてもそう考えてしまう。
買われたばかりで、言葉なんて覚えているハズもないインコが喋った言葉が俺の名前と、大事なあの子の名前。
俺は鳥かごを開けて、震える手を中に入れ、インコを出した。
その瞬間、インコは俺に向かって飛んできて、肩にとまり、その柔らかい頭で俺の頬にすり寄ってきた。

「えー!キミちゃんにちょう懐いてんじゃん!」
『キミト!ミルク!ミルク!』

すり寄られたそこから、全部が流れ込んでくるみたいに、確信した。

「ミルク…さん?」
『キミト!』
「ミルクさん…!」

俺はインコを両手て包み込んで向かい合った。
嘘だろこんなこと。信じられない。
俺の目からポロリと一筋涙が流れた。

「キミちゃん…?」
「ありがとう…浅田…」
「うん…」
「最高のプレゼントだっ…」

俺はそう言って浅田に寄り掛かった。
浅田は黙って抱きしめてくれた。
大好きな浅田が傍にいてくれて、ミルクさんが戻ってきてくれた。
こんなに幸せなことはないよ。
手の中で青い鳥がピィと小さく鳴いた。







幸せの青い鳥



(明日もキミがしあわせでありますように)


END



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