「公人…!」


ガラリと勢いよく開いたドアの方に顔を向ければ、そこには息を切らした浅田がいた。
驚いて固まる俺を見ながら、ふ、と笑って教室の中に足を踏み入れた。
カラカラピシャン、と扉の閉まる音。

「やっと、見つけた…」
「なんで…ここに…?」


きみに必要なこと*むっつめ



後ろ手に扉を閉めて、ゆっくりこちらに向かってくる浅田。
え、ちょっと待って何で浅田がここにいるんだ。

「浅田…?」
「さっき、玄関にいたでしょ」
「え…」

そう言いながら浅田は俺が座っている椅子の隣の椅子をガタリとひいて座った。

「キミちゃん意外と足早いんだね。すぐ気づいて追っかけたんだけど、見失っちゃって、ちょっと探しちゃったんだけど」
「え、っと…待って…え?なんで、ここに…?」

ニコニコと俺の頭を撫でながら話す浅田に疑問符しか浮かばない。
なんでここにいるんだ。
さっきの女子は?俺のこと諦めるんじゃなかったの?そんであの女子と付き合うんじゃなかったの?
相変わらず固まっている俺に、浅田は噴き出した。

「キミちゃんいつまで驚いてんの」
「だ、だって…」
「ん?」
「浅田…さっきの、女の子…と…」

言いかけてまた泣きそうになった。
ちょっと嘘だろ俺の涙腺。頑張ってくれ。
そんな俺を見て、浅田はさらに撫でる手を止めて、俺をじっと見つめた。

「聞いてたんだ」
「…う、ん…ごめん」
「別にいいよ」
「…うん」

気まずい空気が流れる。
どうしたらいいんだろうか。

「何で、キミちゃん逃げたの?」
「え?」
「話、聞いて、逃げたんでしょ?すっごい勢いで走ってたもんね。ね、なんで?」
「そ、れは…」

浅田のことが好きだと気付いて、俺から離れて行ってしまうことが嫌で、とにかくあの場に居たくなかったからで。
だけど、それを今さっき自覚したばっかりで、本人に面と向かってこうでした、と言えるほど俺は屈強な精神を持ち合わせていない。
顔が熱くなっていく。絶対今真っ赤だ。勘弁してくれ。

「もしかして、気に…してくれたの?」
「っ、」
「ヤキモチ、やいてくれたの?」

浅田が優しい声で問う。
反則だ、そんな声。
俺はコクリ、と小さく頷いた。

「っれし…!」
「わっ」

ぐい、と引っ張られて浅田の腕に抱き込まれた。
鼻孔に広がる浅田の匂い。うん、やっぱり嫌ではない。
むしろ、好きだと自覚してしまった今心臓がありえないくらい煩く早く鳴りだした。

「それって、キミちゃんも、俺と同じ気持ちになってくれたって、ことだよね?」
「…え、えと…」
「俺、自惚れちゃうよ?いいよね?」

ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕の力が強くなっていく。
苦しいけど、嬉しい。
浅田の声は少し震えていて、まだ不安を帯びている。応えなければ。
だけど、どう伝えていいかわからなかった俺は、おずおずと浅田の背中に腕を回した。

「う、自惚れて…い、よ…」
「キミちゃんっ!」
「わっ、ちょっ、さすがに苦しっ…いた、痛いから!浅田!」

俺の応えを聞いた途端さらにぎゅうと抱きしめてきて背骨がぎしりと鳴った。
俺は浅田の背中にタップをして放してくれるよう訴えると、ごめんと笑いながら浅田は俺を放した。

「嬉しい…」
「そ、そう…」

向き合うと、浅田はそう言って溶けるような笑みを見せた。そんな顔ははじめてだ。
もともとイケメンなのに、そんな顔犯罪的じゃないか、浅田。
俺は今度はさっきまでと違う意味で心臓がドコドコ鳴っていることに気付いた。
なに、笑顔ごときにときめいちゃってんだ、俺。

「俺ね、自慢じゃないけど、振られたことってなかったんだよ」
「そう…」
「モテてる自覚あるし、顔もまぁ、みんなが言うほどではないと思うけど、まぁ自信あったんだよ」

なんだこれ、何自慢だ。浅田ってこんなナルシストだったのか。
俺はすこしさっきまでのときめきがぎゅーんと下がっていくのを感じた。
あ、普通に引いてしまってるぞ俺。

「でもね…キミちゃんは何回好きって伝えても振り向いてくれないから、もうダメなんだって思って、諦めようかなって思ったんだ」
「浅田…」
「諦めるとか嫌だったけど…それ以上に、これ以上しつこくつきまとって嫌われちゃう方が嫌だった」

だからもう諦めようと思った。
そう、苦笑いしながら言う浅田は少し痛々しかった。
ああ、俺、好きな人にこんな顔させてしまっていたのか。最低だ。
ほんとう、最低。

「だから俺、今…ちょう幸せ」

ぎゅう、と再び浅田の腕の中に引きこまれる。
今度は優しく包み込むみたいに抱きしめられる。
俺も浅田の背中に腕を回して、少し力を込めた。

「ごめん…。俺、人を好きになったこととかなかったから…、よくわかんなくて」
「キミちゃん…」
「だから、お前のことたくさん傷つけちゃったよな…ごめんな」

浅田の背中に回した手をぎゅうと握りしめて、額を肩口にすりつけた。
いい匂いだ。香水とは少し違うのか、そんなにきつくない。
石鹸とか、洗剤とかそんな感じの匂いで、落ち着く。

『ちょっと公人…』
「ちょっとキミちゃん…」
「ん?」

ふがふがと浅田の匂いを嗅いでいたら頭上から二つの声が降ってきた。
ミルクさんと浅田が同じセリフを同じタイミングではいたのだ。
同じ言葉が重なったことも気になったが、浅田が来てから黙っていたミルクさんが急に口を開いたのも気になって俺は顔を上げてみた。
すると顔を赤くして、なんとも言えない表情の浅田と、その後ろからわなわなと怒りに震えているようなミルクさんが見えた。

「え、なに…」
「もー…天然かよー…可愛すぎんだよばかー…」
『ちょっとあんた無防備すぎよ!馬鹿じゃないの!』
「え、?っえ?」

浅田とミルクさんの言葉に若干食い違いがあったがとりあえず二人そろって俺を馬鹿呼ばわりってどういうことなんだ。
俺は疑問符を頭の上にいくつも浮かばせながら首を傾げた。
その行動にミルクさんと浅田が今度はため息を吐いた。
ミルクさんは俺にしか見えていないはずなのになんだこのシンクロ率。

「天然でその可愛さもいいけどさー、ちょっとは自覚持ってね。俺が危ないから」
「?だからさっきからなに?」

俺が一体何をしたと言うんだ。
呆れた顔でため息を吐きながらも俺の頭をよしよしと撫でてくる浅田は明らかに俺を馬鹿にしている感じだ。
っていうか浅田が危ないって何でだ。

「んー?だからさぁ、あんまそうやって、おでこグリグリ擦り付けてくるとかさー、そういう可愛いことすんと、所構わず襲いたくなっちゃうっしょ」
「え…」
『あ、ちょっ…!』

浅田は頭を撫でていた手を頬まで滑り下ろしてきてそのままぐい、と俺の顔を引き寄せた。
目の前に広がる浅田の顔と、唇に感じる柔らかい感触。
何が起きているのか分からない間にすぐにそれは離れていった。

「ん、…こーいう感じでね」
「な、あ、さ…なっ…」
「キミちゃん結構唇薄いね」

ニコっと笑った浅田に、俺はファーストキスがあっさり奪われたことを知った。
ニコニコと楽しそうに笑う浅田の後ろではキーキーと騒いでいるミルクさんがいた。










素直になってみること









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