「はぁ、はっ…はあっ」

空き教室に駆け込んで、乱れまくっている息を整える。
こんなに走ったのはいつぶりくらいだろう。
頭が痛くてガンガンする。喉も痛い。
ああそれと、心臓も破裂しそうに痛い。



きみに必要なこと*いつつめ



『公人、公人大丈夫…!?』
「は、はぁ、っ、…だ、じょ…ぶ」
『全然大丈夫じゃないじゃない』

ミルクさんはヒューヒューと喉を鳴らす俺の背中をさすってくれる。
いまだに整いきらない息に、苦しくて涙がでてくる。
そう、苦しくて、涙が出てくる。ああ苦しい。

『何年も大した運動してないのに、急にこんなに走ったりするからこうなるのよ』
「はっ…、体育は、時々っ、はぁ、参加して、たし…、だいじょう、ぶ」
『どこが大丈夫なのよ。…とにかく今は息整えて落ち着きなさい。話はそれからよ』

息絶え絶えに答えると、ミルクさんはため息をつきながら俺の背中を撫で続けてくれる。
俺は出てきた涙をゴシゴシと拭い、けほけほと咽つつ、息を整えた。
まだ完全ではないけれど、だいぶ落ち着いた。

「ありがと、ミルクさん」
『いいのよ。…で、なんで急に走り出したの』
「…聞かなくても、わかってるくせに」
『いいから話しなさい』
「ひどいな…」

俺はカタ、と音を立てて椅子を引く。普通の教室にあるようなのではなく、箱形の椅子だ。
ああ、ここ理科室か。
下駄箱前から逃げ出して、最上階まで来て適当な空き教室を見つけて飛び込んだから、何の教室かはわかっていなかった。
呼吸も落ち着いてくると、理科室特有のあのなんとも言えない臭いが鼻につく。
椅子に座って、少し間をあけて、俺は口を開いた。

「嫌だったんだ…」
『…』
「浅田が、俺のこと諦めるって、言ったのとか。あの女の子に付き合おうって言われて、そうしようかなって、言ったのとか…、あの場にあったもの全部、嫌だったんだ」
『公人』
「わかってるよ…すごい勝手なこと言ってる、俺』

そう、これは信じられないほど自分勝手な感情だ。
昨日俺はミルクさんに、これ以上浅田を好きになることはないって、他人をこれ以上好きになるなんて無理だって、言ったばかりなのに。
これは完全にその言葉を否定する感情と、行動だ。

「これがヤキモチ、なんだね」

はは、と自嘲気味に笑ってミルクさんを見上げると、すごく悲しそうな苦しそうな顔をしていた。

「なんでミルクさんがそんな顔すんだよ。ってか、もっと叱ってくれた方が色々と楽なんだけど」
『ばか公人…っ』
「っ、」

ミルクさんは泣きだす寸前の顔を隠すように、俺を抱きしめた。
それはもう、ぎゅっと。少し痛い。
でもそれは、温かくて、安心出来て、俺は気づいたらボロボロと涙を流していた。

「おれ、ひどい、やつだっ…」
『うん、』
「浅田を好きになることなんてないって、言ったの、に…、浅田が俺から離れていくの、嫌だっ…て、思っ、思った」
『…っうん、』

ボロボロ零れる涙をそのままに、俺はミルクさんの背中に縋るように腕を回した。
ヒクリと喉が震えて、嗚咽交じりの声になる。それでもミルクさんは聞いてくれる。

「浅田に、恋っ、落ちること、なんてないって、言った…っのに、浅、田が、誰かっ、ぅ、っ誰かと付き合うの、嫌っ…」
『うんっ…』

ミルクさんの手が、頭を撫でてくれる。
涙が止まらない。涙腺が壊れたみたいに次々とあふれてきて、嗚咽もどんどん酷くなる。
喉痛い。こんなに泣くのは久しぶりすぎて、どうしたらいいかわからない。
くるしい、くるしい

「どうしよ、っう、俺っ…」

浅田が、あの女子と付き合うようになったら、どうしよう。
それを、想像したら、ドロッとしたものがどこかから溢れてきた気がした。
浅田が、俺のこと好きじゃなくなって、もう俺のこと見てくれなくなったら、もう俺と一緒にいてくれなくなったら、って考えたら胸がズキンと鳴って、鼻の奥がツンとした。

「こんな、の、俺っ、知ら、なっ…知らないっ、ぅ、っく」
『公人…っ』

ミルクさんの腕の力が強まって、その声はもう完全に涙声だった。
ああ、そういえばこの間浅田にもこんな風にぎゅうぎゅう抱きしめられたな。
鎖骨とかを舐められた時はさすがにびっくりしたが、あの時嫌悪感とか無かったな、と思い出す。
普通同性からあんなことされたら、鳥肌のひとつも立つだろうに。
そうか、もうあの時からすでに…

「俺、あさ、だのっ、こと…好き、なのかっ…」

ポツリ、喉から自然にこぼれたように、呟いた。
いまだにヒクリヒクリと鳴る喉に苦しさはあるものの、それを呟いた瞬間に、全てがぽすんとあるべきところに収まったような感覚がして、ほ、と息を吐いた。

『やっと気づいたのっ…、本当、ばかねっ…』
「だって、俺、恋とか、したこと、ないし」

俺の言葉にミルクさんは腕を離して俺と向き合う。やっぱり微かに泣いていたようで、目元が濡れて赤くなっている。
お互い顔を見合わせて笑う。

『浅田くんといる時のあんた、すごく楽しそうで幸せそうだったもの』
「…そんなにわかりやすかったの…?」
『さっき北村くんにも見抜かれてたじゃない』
「…そういえば…」

元気だせ、と言われた。
俺は別にへこんでいたわけでもなんでもなかったのに、励ますようにぐしゃりと撫でながら、北村にそう言われた。

「もしかして俺、さみしそうな顔とか…してたのか?」
『朝からずっとね』
「…恥ずかしい」

涙はすっかり引っ込んでしまった。その代り羞恥に顔がどんどん熱を帯びていく。
穴があったら入りたいというほどではないけれど、手で顔を覆い隠す。
くすくす、と笑うミルクさんの声が聞こえる。
そしてふわり、俺の頭にミルクさんの手が乗る。

『でも、あんたが、他人を好きになってくれる日が本当になんて、夢みたいだわ』
「え?それって…」

「公人…っ!」

俺の言葉を遮るようにして、教室の扉がガラリと勢いよく開き、名前を叫ばれた。
ビクリと肩を震わせて俺は声の方を見た。






自分の気持ちを知ること












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