「ねー、キミちゃん」
「ん?」
「俺ね、昨日あまりにもしつこいから女の子と遊んだんだけどね、浮気じゃないからね!」
「へぇ。っていうか浮気も何も俺ら付き合ってもいないんだから、勝手にしたらいいだろう」
「…そ、だよね」

俺を、俺の自宅の前まで送り届けた浅田は、それだけ言って、少し傷ついたような複雑な顔をして帰って行った。
俺はいつもと違う浅田の様子に首を傾げながらも、家の中に入って行った。



きみに必要なこと*みっつめ



『あんたねぇ、アレはいくらなんでも浅田くん可哀想よ!?』
「え…なんで」
『なんでって…』

ああもうヤダ、と言いながらミルクさんは深いため息を吐いた。
俺は本当に意味が分からず、いったん読んでいた漫画を閉じてベッドに座り直す。

『浅田くんは公人にヤキモチ妬いてほしかったのよ』
「ヤキモチって…」

無理だろう。
浅田はキューピッドの矢効果で俺のことを好きになってしまっているかもしれないが、俺は違う。
浅田は確かに格好いいし、ちょっとチャラいがいい奴だし、好きだけれど。それは友達として、だ。
そんな相手に、女の子と遊んだという報告を受けてヤキモチを妬けだなんて無理難題もいいところである。

「俺浅田をそういう風に見てないし、あんな話聞いても、ああやっぱモテんだなってくらいで…」

俺の返答に、ミルクさんが顔を歪める。
それは怒っているようで、悲しんでいるようでもあった。

『公人…あんたって結構冷めた子なのね』
「?よく意味わかんないけど、まぁ冷めてはいるんじゃないかな」

浅田にキューピッドの矢が刺さって以来、毎日学校に行くようになった。ていうか一回休んだら俺を心配した浅田が半泣きで家に乗り込んできてそれに懲りたからなんだけれど。
学校に行けば浅田にベッタリされ、北村と少し話したり、最近では浅田や北村以外にも友達といってもいいような存在が出来た。
わいわい騒いでいるのは楽しい。けど、俺はどこかその中に入りきれない自分がいることにも気づいていた。

「友達が増えて、浅田とも毎日のように一緒にいて、楽しいって思うし、中学の時や引きこもってたときよりずっと幸せだなって思うよ」
『じゃぁ…っ』
「でもやっぱまだ怖いし」
『…』
「これ以上深入りしていくのは、まだこわいよ」

中学の時、手酷く裏切られたというわけでは決してない。
けれど、小学生の時や、いじめが始まる前まではあんなに楽しく一緒に過ごしてきた人達に、目も合わせてもらえなくなるあの絶望感をまだ忘れてない。
それは、つま先から冷えて感覚がなくなっていくような感じで、それまで色があったはずの景色が一気に白黒に見えていくようだった。

「浅田のことだって、こういうことになる前よりずっと、こういうことになった最初の頃よりずっと、好きになってるよ」
『公人…』
「でも、それ以上の感情を、さ…。今、浅田が俺に持ってくれてるみたいなのを持つのは俺はきっと無理だよ」

目の前に立つミルクさんの表情が、さっきより悲しみが強くなって今にも泣いてしまうんじゃないかというものになった。
何でミルクさんがそんな顔をするのかはわからないけど、俺は言葉にせず、大丈夫だよの意味を込めて笑った。
そう、これ以上他人を好きになるのは無理だ。でも今でも俺は十分楽しくて幸せだから、ミルクさんがそんな顔する必要はないんだ。






「あれ、小山内、浅田は?」
「なんか、休みみたい。具合悪いってメール入ってた」
「え!?」

遅刻してきた北村は教室内をきょろきょろと、見まわして俺に聞いてきた。
っていうかもう昼休みなんだが北村。
昨日、様子のおかしかった浅田は今日学校に来ていない。
朝起きて携帯を見たら、頭痛いから今日休むね、という単調なメールが来ていた。いつもはおはよう愛してる!と絵文字たっぷりに送られてくるのでなんだか不思議なかんじだった。

「アイツ休みとか珍しいなぁ」
「静かでいい」
「うはっ、ひでぇな小山内」

ははは、と笑いながら北村は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
それは浅田より乱暴な手つきで、浅田の手より温かかった。
浅田にもよく撫でられたり髪を触られたりするけど、もっとさらさらと優しい手つきで、浅田の手はもっと冷たくて。
そういえば毎日どこかしら浅田に触られていたから、今日はまだそれが一度もなくて、なんだか違和感を感じでしまう。

「まぁ元気出せ。明日には来んだろ」
「…?俺元気だけど」
「無理すんな!いつもより暗いぞ!」

な!と笑いながら北村は俺から離れていつもつるんでいる友達のところへ行った。
俺はぐしゃぐしゃにされた髪の毛を手櫛で戻しながら、もう帰ろうかな、と思った。

『公人…』

ミルクさんは、そんな俺の様子を見て、また昨日みたいな顔をした。
だからなんで、そんな顔するんだ。本当に意味が分からない。
俺はミルクさんの声には答えず、鞄の中に教科書を詰め込んで、北村に早退すると告げ、返事は待たずに教室を出た。
なんとなく、今日の教室はいつもより居心地が悪くて、早く出たかった。

『公人、もう帰るの?』
「うん。今日は浅田も休みだから、俺が学校にいなくても家に乗り込んでくるようなことないと思うし」
『…』
「基本的にやっぱ学校、苦手だし…日数も足りてるのに、いる意味ない、し」

昼休みでざわつく廊下を早足で歩いていく。
ざわざわと煩いから、小声でなら平気だろう、とミルクさんの問いかけに答える。
後半はだんだん言い訳みたいになってしまったけれど。でも事実だし。
俺はざかざかと歩いて下駄箱に向かった。

今日は放課後浅田に連れまわされることもないから久々にエロゲやろうかな。
ああでも、今週の深夜アニメ、リアルタイムで一回見たきりだから録画したやつ見返すのもしたい。
なんだ、やることいっぱいあんじゃないか。っていうか、なんで最近の俺はそれらをやってなかったんだ。
今までそれは日常で、久々にやろう、なんて思ってやったことないのに。

「えー、本当?今日は私と遊んでくれんのー?」
「うん、いいよー」

下駄箱まであと一段階段を下りればいいところまで来て、俺は足を止めた。
今の声は…

「やったぁ!もぉー最近弘樹遊んでくれないからぁ、さみしかったんだよー」
「まじかー。ごめんなー?今日はいっぱい遊ぼーねぇ」

浅田だ。絶対。このチャラい喋り方と、声は間違いない。女子の方が弘樹って呼んでたし、絶対そうだ。
え、なんでだ。お前今日頭痛で休みじゃなかったのか。
俺は一瞬進めようとした足を引っ込めて、階段を数段戻った。

「でもさぁ、いいの?キミちゃん?だっけ。弘樹本命できたーって騒いでたじゃん」
「あー、うん…」

俺のことだ。
途端に心臓がドクンと跳ねて、顔に熱が溜まっていく。

「私はクラス違うし、ガッコあんま来ないからよく知らないけど、弘樹と同じクラスの子に聞いたよー。ラブラブなんでしょお?」

おいおい誰がラブラブだ。ねつ造しないでくれ。

「んー、そうでもないよ。俺、振られまくってるし、キミちゃんに」
「えー!?信じられない!弘樹を振るの!?何その子!」

浅田の声が、緩いものから、少し真剣みを帯びたものになって、俺は思わず固まる。
そして浅田の言葉に女子が過剰に反応してキンキンとした声が響いた。

「えー、もうヤメちゃいなよそんな子!私なら絶対弘樹のこと振らないし、弘樹の言うことなぁんでも聞いてあげるよ!」
「まじかー」

女子はキンキン声を甘ったるいものに変えて、浅田にアピールを始めた。
浅田、本当にモテるしチャラいんだな…
ああでも、最近浅田と過ごしていて、モテる理由が分かった気がする。
顔や、話しやすさもそうだけど、さりげなく優しいんだよな。なんていうか、自然とそうやってて、嫌味なくその優しさが心地よくて、ついときめいてしまうんだよな。

「ねー?だからぁ、キミちゃんなんて諦めて私と付き合おうよ!ねー!」
「あー…そうだねー…諦めるかぁ…。そのほうがいいのかもねー」

ぐらり。視界が揺れた気がした。
向こうでは、女子がキャー本当ー、と歓喜の声を上げているが、それがやけに遠く感じる。
え、なに、今、浅田はなんて言った?

『公人…』
「浅田、今、諦めるって、言った…?」
『えっ?え、ええ、言った…わね?』
「…っ」
『え、ちょ、っちょっと公人!?』

俺は今まで下りてきた階段を駆け上がった。
一刻も早く浅田達から離れたくて、さっきまで、出たくて仕方なかった学校の中に俺は走って戻って行った。
ミルクさんの俺を引き留める声が聞こえたけど、無視した。
一瞬だってあの場にいたくない。
俺は今、ひどく歪んだ表情をしている自覚があった。

でも、その理由はまだ、よくわからないまま、俺は昼休みの終わりを告げる校舎の中を駆け上がって行った。








過去と向き合うこと





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