生徒Cのシナリオ


数か月前突然転校生がやってきた。

俺が通う学校は、中高一貫エスカレーター式私立男子校の全寮制高等部だ。
広大な敷地にまるでひとつの城のようにそびえ立つ校舎はもはや学校と呼んでいいものなのかも甚だ疑問だが、超お坊ちゃま校なのでその辺には目をつむる。
しかしいくら広くデカイとはいえ、山の中という非常に便の悪い立地条件で、他校との交流はほぼない。
そんな閉鎖された空間では特殊な文化が蔓延している。
まず恋愛は男同士。
これはもちろん全員というわけではないが、かなりの人数が男同士で恋愛をしている。
中学高校という思春期真っ盛りに生徒はおろか先生までも、見渡す限り男ばかりの空間で育つと自然と性の対象が男になってくるらしい。
そしてまだあるこの学園の特殊文化は、生徒会執行部と親衛隊だ。
生徒会執行部役員は人気ランキング、それも抱きたい抱かれたいというなんとも奇妙なランキングの上位者で決まる。
そして、そんな人気ランキング上位者には生徒会執行部役員でなくても親衛隊というものがついてくる。
これはまぁ一種ファンクラブのようなものであり、要はその人たちの取り巻きである。
しかしこれはもはや宗教レベルに達した組織だ。
相手のことは確実に様付けで呼び、集会などでお目にかかれる時は涙を流して喜び時には気絶する者もいる。
恐ろしい!
俺の妹は腐女子という存在で、まぁいわゆる男同士の恋愛に萌というか生きる活力を見出しているちょっと怖い人種なわけだが、その妹を以てして曰くこの学園は「王道学園」らしい。
俺がこの学園に入学すると決まった時の興奮っぷりったらなかった。
ちなみに俺はもちろんちょっとした財閥の息子で完全なるお坊ちゃまだ。
だが次男坊故に自由にのびのび生きて、中学までは庶民の公立校に行っていたため基本は庶民肌だ。まぁ庶民から言わせればお坊ちゃまに変わりはないらしいのだけれど。
俺が入寮する前日など妹は大興奮でその「王道学園」とやらについて熱く俺に語り尽くしてくれた。妹もお嬢様のはずなのだが、「王道学園」について語ってる最中はそんな片鱗は一欠けらも見せてはくれなかった。
まぁそんなこんなで俺の通う学園は腐女子が夜も忘れて野生に還りながら語り尽くすほどの「王道学園」なるものらしい。
しかし俺は容姿は平凡で、頭脳も運動神経も完全なる平凡で、庶民からみたら金持ちだが学園内でいえば特筆した家柄でもないとにかく平凡男子高生だ。
学園内でも生徒C。生徒Aにもなりきれない脇役中の脇役だったのだ。

そう、「だった」。
転機は突然訪れた。季節外れの転校生がやってきたのだ。モッサモサの髪の毛に今時どこで見つけてきたんだというような瓶底眼鏡という珍妙な格好をした転校生だった。
これをまた妹を以てして曰く「王道転校生」というものらしく、学園内の人気者を次々と虜にしていった。
腹黒副会長様に始まり、俺様生徒会長、無口ワンコ書記、双子会計に一匹狼不良とクラスの爽やかくん。
あんなモサモサに何故惚れるのか皆目見当もつかなかったのだが、実はモサモサは変装で、素顔はそれはもう天使と見間違うほどの綺麗で可愛いこの世のものとは思えないほど美しいものだった。
途端にそれまで「あのモサモサ許せない」と制裁という名のいじめを行っていた親衛隊達は掌を返したようにその転校生にも心酔していった。
そしてなぜこれが俺にとっての転機だったのかというと、何とも悲劇的なことに俺はその転校生と同室になってしまったのだ。寮の部屋が。
そうなると生徒Cはおろか生徒Aでもいられない、俺は妹曰く「脇役平凡」というポジションを手に入れてしまったのだ。

しかし、そんな王道転校生を中心に学校中を巻き込んだてんやわんやなラブコメディは、王道転校生が腹黒副会長様と結ばれたことにより終幕した。
まさかの展開である。実際同室で、入寮初日に親友扱いを受けその後も王道転校生に一方的にだがベッタリされていた俺から言わせてもらっても副会長と結ばれたのは意外だった。
どこがよかったのか聞いたら「よくわからないけどアイツに、君は俺のことが好きなんですよって言われてそうかもって思った」と顔を赤らめながら答えてくれた。確実にあの腹黒に騙されたとみえる。
だが以来二人はラブラブで、もはや二人の仲を邪魔する者はいなくなり、王道転校生に心酔していた奴らはみんなまたそれぞれのいい相手を見つけたりして日常に戻っていった。

ただ二人、俺と会長様を置いて。


「会長様、ニンジンちゃんと食べてください」
「い、嫌だ…!っていうか最初に嫌いって言っておいたのに何で入れてんだよ!」
「ちゃんと食べないと数年後骨が粉々になるんですよ」
「!?」

目の前でカレーに入っているにんじんを器用に除けている会長様に適当なことを言って叱咤する。
なんで、こんなことになってんだオイ。

「…今頃、如月と円はイチャイチャしてんだろーな…」
「そうですね。っていうかもういい加減吹っ切ったらどうなんですか」
「そんな…っ」

妹が大歓喜で語り尽くした王道学園にも、王道でないところはあった。
まず、生徒会執行部役員も相部屋だということだ。妹の話では生徒会執行部役員は、専用の階で豪華絢爛な個室持ちだった。
だがこの学園ではそんなものはない。生徒会執行部役員といえど相部屋だ。会長と副会長は同室者だ。
副会長こと如月先輩と、転校生こと円がラブラブになって以降、どちらかの部屋でイッチャイッチャラッブラッブするので、俺と会長はこうしてお互いの部屋に逃げ込んでいる。
ちなみに今日は会長が俺と円の部屋に来ている。っていうかぶっちゃけその割合の方が俄然多い。
そんなことをしながら早半月、すでにこの俺と会長の奇妙な関係に慣れてきてしまっている俺がいる。

「あー、もう、泣かないでくださいよ…」
「だって、吹っ切る、とか、無理…っ」
「あー、はい、すみません。俺が無神経でした。…ホラ、鼻出てますから」

目の前でズルズルと鼻水を垂らしながら泣いている会長に、俺はティッシュを渡す。
そう、妹の話と違う最大の点はこれである。

俺様会長じゃない。

それどころかドヘタレもいいところ、若干乙女入っている。

「ん、ありがと…」
「いいですよ、もう慣れたんで。まぁ最初はビックリしましたけどね」

俺も、この奇妙な関係が始まってから知った。
普段は妹の言う通りの俺様生徒会長なのだ。もちろん円の前でも。
それが、初めてこの部屋にやってきたときに、ボロボロと流れる涙とともに露呈した。
俺より背も高くてガタイもいい、顔は彫刻芸術か何かと思うほどの美形が鼻水垂らして泣いている姿はそれはもう衝撃的だった。
今ではすっかり見慣れたものになってしまったけれども。
ぶびー、と鼻をかみ、ゴシゴシと涙をぬぐった会長はエヘヘと笑った。

「俺だって最初は雨宮がこんなに優しい奴だなんてビックリしたんだぞ」
「俺は別に冷徹な人間を演じてた覚えはないんですが…」
「だって、円とこれみよがしにベタベタしてたから…嫌な奴だと思ってた」
「ベタベタしてるように見えてた事実が嫌だ」
「うん、今はもう勘違いだったってわかる。お前本当円嫌いだよな」
「嫌いってほどではないですけど…まぁウザかったですね」

言いながら食事を再開する。
こうして会長と食べる夕飯は嫌いじゃない。
ドヘタレの乙女思考会長ではあるが、会長職をこなすだけあって頭はいいし、話していてもイライラしない。円と食事する時はその品のなさと頭の弱さにイライラさせられっぱなしだった。

「むしろ俺は、会長達がなんであんなに円に心酔していたのかがよくわかりません」
「えー、だってさぁー」

かちゃり、小さな音を立てて会長も食事を再開する。
食事をしながらゆっくり話す姿はとても俺が作った庶民カレーを口に運んでいるとは思えない上品な姿だ。

「円は、初めて俺に友達って言って手を差し伸べてくれたんだ」
「…会長と円の出会いは食堂で会長が突然キスしたところから始まってませんでしたか」
「その後に言われたの!そ、それにあれはっ…なんか、その…」
「はいはい、俺様会長的にやっておかなきゃって思ったんですね?」
「うん」

恥ずかしそうに俯いてカレーを口に運ぶ。
俺様キャラみんなが出会いがしらにキスなんてするわけがないのにこの人の思考回路どうなってんだろうか。
頭いいのか悪いのかわからなくなってきた。

「小さいころから、家を継ぐために色んな勉強させられて、遊ぶことほとんどなかったし友達もいなかったんだ、俺」
「はい」
「で、常に堂々としてろ、周りとお前は違うんだって言われまくって育ってきたから、自然と他人と距離つくるのが癖になってたし」
「ちょっと待ってください。まさか堂々としてろって言われた結果があのキャラ立てだったんですか」
「うん、そう」
「…もしかして会長はおバカなんですか」
「え。なんで?」
「………なんかもういいです。話遮ってすみませんでした続けてください」

俺はため息を飲み込んでカレーにスプーンを入れた。

「だから、そんな線飛び越えて、俺のところにきてくれた円がすごく特別で、この子しかいないって思ったんだ」

会長は食べる手も止めて、目をキラキラとさせて話す。
頬を少し染めて、本当に愛しい者のことを思い浮かべている顔。

「だから、もう、無理ってわかってても、諦めきれない、んだよな…」

そう言いながら、会長はまた泣きそうな、でも自嘲的な笑みを浮かべた。
なんていう乙女思考。

「…俺、さっきそんな嫌いじゃないって言いましたけど、やっぱり円のこと嫌いかもしれません」
「え?」

俺の言葉に会長はきょとん、と俯かせ気味だった顔をあげる。
俺は手を伸ばして、その頬にひたりと触れる。
高校生男子とは思えないほどすべすべとした肌に、俺より少し低い体温。

いつからか、わからないけれど、俺はそれを確実に愛しいと感じている。
そして、この人の心をいまだにつかんで離さない円にドロドロとした嫉妬心も抱いている。
これを恋と呼ばずして何と呼ぶだろうか。
俺は会長の目を真っ直ぐ見据えて口を開く。

「ねぇ、俺がその線を越えて、あなたのところへ行って手を差し伸べたら、あなたはアイツを諦めて俺の手を取ってくれます?」
「あま、みや…?」
「でも俺の差し伸べる手は、友達になってほしくて差し伸べているものではないですけど」

カシャン、と音を立てて会長の手からスプーンが落ちる。
見る見る赤く染まっていくその顔に、俺はニコリと微笑む。












王道展開?クソくらえ!




(俺と恋しません?)
(か、かかか考えておく!)










END

俺様会長×脇役平凡を書きたかったのに何でこうなったのかはいまだもって不明である。






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