俺は今人生で初めて女子に囲まれるという体験をしている。
エロゲではさんざんハーレムな感じを体験してきたけど、現実はあんな甘いものじゃないんだな。


きみに必要なこと*みっつめ



「小山内君前髪上げてた方が可愛いよー」
「ね!平凡顔なとこがまたたまらなく可愛い」
「肌すべすべだね。なんか手入れとかしてるのー?」

目にかかる程度の長さがあった俺の前髪は女子達の手で、可愛らしいピン止めとともにおでこの上だ。
頬をつついてきたり、頭をわしゃわしゃと撫でてきたりする。
平凡顔と言われてもツッコむことも出来ずに俺は硬直していた。

今日も朝から俺に張り付いていた浅田が、昼休み担任に呼び出されて教室を出て行った途端に俺はクラスの女子に囲まれ、あれやこれやという間に俺はもみくちゃにされ、誰かが出してきたハートのピン止めで前髪をアップにされ、制服ももっと崩した方が可愛いとかかんとか言いながらネクタイを緩められボタンを第二まで開けられた。
女子こわい女子こわい


「おいー、お前らその辺にしといてやれって」
「あー、ちょっと何すんの健二!」
「小山内困ってんだろ。ホラ、散れ」
「うざー!」

困っていた俺の前に、庇うようにして誰かが立った。
その人に散れと言われて、先ほどまで俺を取り囲んでいた女子達は不満顔で何やら文句をたれながら散り散りになっていった。
助かった…

「大丈夫か、小山内?」
「あ、う、うん…」

くるりと振り返ったその人は、浅田に次ぐ人気者の北村健二(キタムラ ケンジ)だった。
浅田の友達で、これまたイケメンだ。

「悪いな。アイツら、あの浅田を虜にしたっていってお前に興味深々だからさ」
「や、別に…」

ニ、と笑いながら俺の前の席の椅子を引き、ガタンと座った北村。

「き、北村くん、も…?」
「ん?」
「北村くんも、俺に…興味あるの?」

浅田とはなんていうか始まりがああだったから、素の自分で接することが出来るけれど、基本的に他人と接するのは苦手だ。
どうしてもどもってしまうし、声も小さくなってしまう。

「まぁ、あるかな。お前、ほとんど学校来なかったし、クラス一緒なのに全然喋ったことねーしな」
「そ、だね…」

そう言いながら俺を真っ直ぐ見てくる北村。勘弁してほしい。
上げられた前髪のせいでいつもより視界が広くて、北村の真っ直ぐな視線が突き刺さる。
俺は、ピン止めを外して前髪を下ろそうと髪の毛に手をかけた。

「待った」
「っ!」
「せっかく可愛くしてもらったんだしさ。そのままにしとけって」
「か、わいく…」
「そ。もさもさの前髪でいるよりずっといい感じ」

ピン止めに伸ばした俺の手をつかんで北村はニッコリ笑いながら言った。
俺は自分の顔が熱くなっていくのが分かった。
キューピッドの矢で俺に惚れてしまっている浅田には言われまくって慣れたはずだった言葉。
でも、浅田以外からは親くらいにしか言われたことのないその言葉に、すごく恥ずかしさを感じた。

「照れてんの?いっつも浅田に言われてんショ?」
「て、照れてない、よ…!ってか、可愛くないし…」
「!」

絶対赤いであろう顔を隠しながら俺はからかうように笑う北村に反論した。

「あー…なんとなく浅田がお前に惚れた理由が分かった気がする…」
「え?」
「なんか、可愛いね、お前」

さっきまで意地悪な笑みを浮かべていた北村は気まずそうにポリポリと頬を掻きながら目線を俺から逸らした。
浅田が俺に惚れた理由、か…
分かった気がするって、絶対分かってないよ北村。
アイツただキューピッドの矢に刺さるっていう事故で俺に惚れちゃってるだけだし。
とは、言えないけれど。

「浅田ってさ、顔いいじゃん。性格も、人見知りしないから取っつきやすいしさ」
「?うん」

唐突に北村は浅田について語りだした。
俺は首を傾げながらもそれに相槌をうつ。

「だからさ、人に好かれなれてるっていうか…好かれるばっかで、アイツが誰かを好きになったことってほとんどねーの」
「…」
「女もとっかえひっかえだったし、ダチも広く浅くって感じでさ。いっつも人に囲まれてんのにかわいそーな奴だったんだよね、俺から見たら」
「…うん」

俺は学校にもほとんど来ていなかったし、浅田と関わるようになったのは本当に最近だから、よくは知らないけれど。
いつも浅田と一緒にいた北村が言うのだから、きっとそれは本当の浅田の人物像なのだろう。
俺は真剣に北村の話に耳を傾けることにした。

「だからアイツが、相手男っつっても、他人をあんなに好きになってる姿みて安心したんだよね」
「…」
「俺、そういう意味で、お前にすっげぇ感謝してんの。浅田はどう思ってんのか知らないけど俺は浅田のこと親友だと思ってっからさー」

照れながらも、真剣に語る北村の姿は、すこしかっこいいと思った。

「いいな…」
「あ?」
「あ、いや…あの、浅田、羨ましい、なって…」
「?何が」
「北村くん、みたいな友達がいて、いいなって」

思わずこぼれてしまった言葉。きっと俺の本心。
俺にはこんな風に想ってくれる友達がいないから。
浅田だって、今は俺を好きだと言うが、それはキューピッドの矢の効果だ。本当の気持ちじゃない。
他人と接するのが怖くて、離れていってしまうのが怖くて、自分から線を引いていた俺が、こんなことを思うなんて、おこがましいのかもしれないけれど。

「なに言ってんの」
「え?」
「小山内だって、もう俺のダチだよ」
「っ」
「浅田に泣かされたら俺に言え!アイツぶん殴ってやっから」

な!と言って笑う北村に、俺は泣きそうになってしまった。
なに、これ、北村もキューピッドの矢の友達版みたいなもんが刺さったんだろうか。

「あ、あり、がと…」

おれは絞り出すように北村に言った。
嬉しかった。
その場のノリみたいなものでも、浅田のおこぼれでも、なんでもいい。
友達なんて呼べる存在は何年ぶりだろうか。

「っとに…お前…かわいすぎー。浅田にはもったいねー」
「何ばかなこと言ってんだ」
「あはっ、小山内って素はそんな感じなんだな」

北村は、泣きそうになってお礼を言う俺の頭を優しく撫でた。
俺はいつのまにか素で話していて、そんな俺に北村は嬉しそうに笑った。

「ぅお!?」
「!?」

俺と北村の間にほのぼのとした空気が流れて、それに浸っていると、突然視界から北村が消えた。
代わりにものすごく不機嫌な顔をした浅田が立っていた。

「浅田!?てめー急にひっぱったら危ねぇだろ!椅子から落ちかけたぞ」
「キミちゃんに触んないで」
「あ?」
「あ、浅田…?」

いつものチャラチャラとした緩い雰囲気の浅田はそこにはいなかった。
睨み付けるように北村を見た後、視線を俺に戻して、俺のことをぐいと引っ張って立ち上がらせた。

「いっ、痛っ…、浅田、なにっ…」
「きて」
「え?」
「北村、俺とキミちゃん次サボるから」
「あーハイハイ」

ぐいぐいと浅田に腕を引かれ教室を出る。
後ろで北村の男の嫉妬は醜いぜーという、からかうような声が聞こえた。
嫉妬…?

『浅田くん、公人が北村くんと仲良くしてたの見てヤキモチやいてんのよ』

いままで存在さえ忘れかけるくらい静かにしていたミルクさんが、腕を引かれる俺をニヤニヤと見ながら言った。
ヤキモチって…うそだろ。








「さっきの、何」
「さっきの…って?」
『ニブチン!だから北村くんと仲良くしていた件よ!』

あのまま屋上に連れてこられて、フェンスに追い込まれるように問い詰められている俺。
教室で女子に囲まれている時や北村と話しているときはあんなに静かにしていたミルクさんがそれはもうイキイキと話しかけてくる。
俺にしか聞こえていないわけだけど。うるさいしウザい。
浅田は相変わらず不機嫌顔で、怒っているようでもあった。

「北村に、頭撫でられて…キミちゃん、嬉しそうにしてた!」
「あ、あれはっ…!」

見られていたのかあれを。恥ずかしい。
友達だと言われて、頭を撫でられた。
嬉しかったけど、改めて思い出すと恥ずかしいことを…

「それに何、その髪と制服…」
「これは、女子に…」

言われて今の自分の格好を思い出す。
俺は今度こそピン止めを外そうと頭に手を伸ばすが、浅田に掴まれて阻止された。

「可愛いよ、すごく。キミちゃんの顔よく見えて、俺はすき」
「そ、そう…」
「でも嫌」
「え?」

髪に伸ばしかけた俺の手をす、と下ろして掴んでいた手を離された。
そのまま真っ直ぐ俺の目を見てくる浅田。
なんだこれ、ちょう恥ずかしいというか…照れるというか…
いたたまれない。

「キミちゃんの笑顔も、顔も、声も、俺だけが知ってたかったの」
「ちょ、おい、あさ…」
「首筋もこんなに、晒しちゃってさぁ。鎖骨見えてんじゃん」
「え…、っ!?」

言いながら普段より開いたワイシャツから覗く鎖骨に、浅田は顔を埋めた。
鎖骨にぬるりとした感触。
なにこれなにこれなにこれ

「あさっ…やめ、」
「むかつく」
「あさ、だっ…」
「むかつくむかつく」
「っ、」

鎖骨から首筋まで上がってきた浅田の唇に恐怖を覚えてぎゅ、と目をつむると、イラだった浅田の声とともに鼻孔に広がる浅田のにおい。
折れるんじゃないかというくらい強く抱きしめられていた。

「あ、さだ…痛…」
「ごめんねキミちゃん…」
「…え?」

今度は震えた、泣いているような声。
俺を抱きしめる腕も微かに震えている。
俺はどうしたらいいか分からずそのままされるがままになっていた。

「俺、人をこんなに好きになったのはじめてなの」
「…」
「嫉妬って嫌だねぇ…キミちゃんを泣かせちゃうなんて…最低」

言いながら腕の力を緩めて俺との距離を少し作る。
見えた浅田の顔は困ったような、少し泣きそうな顔をしていた。
浅田はその綺麗な指で、いつのまにか濡れていた俺の目尻をぬぐった。

「でもキミちゃんだって悪いんだからね」
「は?」
「俺がこんなにキミちゃん好きって言ってんのに北村なんかと楽しそうにしちゃってさー」

ぷぅ、と頬を膨らませる浅田。
今さっきまでのあの表情がウソみたいにふざけた顔。
それに少し安心して俺も強張っていた体の力を抜く。

「バカか。お前のことよろしくって言われてたんだぞ俺は」
「えー、何それ北村俺の父ちゃんかよ」
「何それは俺が言いたいっての。ホラ、解決しただろ、早く離せよ」

身じろぐ俺にヤダ―、と楽しそうに声を上げて再び腕に力を込める浅田。
いつもの浅田に戻った。

「北村に…」
「え?」
「浅田に泣かされたらぶん殴ってやるから言えって言われたんだ。さっそく報告しないとな」
「ちょっ!?やめてやめて!北村の拳めっちゃ痛いんだよ!本当ごめんやめてキミちゃん!」

ものすごく焦った様子でしまいには土下座までしてくる浅田。
そのあまりの必死な浅田の様子に、俺は笑ってしまった。
それは何年かぶりの爆笑だった。













友達をつくること







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