エピローグ



――コツコツコツ……。


石畳の宮内を歩く靴音が反響して聞こえている。
お昼を少し越えた時間、他に人気はなく、静まり返っている宮の中。
私は真っ直ぐ脇目も振らずにプライベートルームの扉へと近付くと、力強くノックをした。


「失礼します。本日からお世話になります、アレックスです。宜しくお願いします。」
「…………。」


ペコリ、深々とお辞儀をする。
それから、スッと頭を上げて、今日から私の雇い主となる黄金聖闘士様の姿を真っ直ぐに見遣った。
そんな私の瞳に、グッと突き刺さってくるのは、どんな時でも鋭さを失わない視線。


「……オマエも変わってる女だな。何も好き好んで、こンな遣り辛ぇトコに来なくてもイイじゃねぇか。」
「それを自分で言いますか。」


薄い唇から零れる呆れ果てた声に、私は苦笑で返す。
それを受けて、溜息を漏らしながら俯いた彼は、いつものようにガシガシと御自慢の髪を掻き毟ってから、再び視線を上げた。
声は呆れを含んでいても、突き刺さるような視線は変わらない。
迷いなく私の瞳を射抜いてくる、深紅の双眸。


「厳しくしてるっつー自覚あっての上でヤってンだから、そう思うのも当然だろ。」
「だったら、どうして宮付き女官の希望など出されたのです? 来られて困るなら、最初から希望しなければ良かったものを。」
「アホか。俺だって何でもかンでも自分で片付けられる程、暇じゃねぇンだよ。女官が付いてくれンなら、それに越した事はねぇ。」


本当に、何処まで素直じゃないのだろう、この人は。
でも、以前は腹立たしくて嫌味な人としか思えなかった相手が、今では可愛らしくすら思えてしまう不思議。
不毛なばかりの屁理屈の応報も、楽しく思えてきているのだから、人の心とは分からないものだ。


「で、ホントに俺のトコでイイのか、アレックス?」
「勿論。私は貴方のお役に立ちたいのです、デスマスク様。」
「俺は厳しいぞ。」
「今更です。十分に分かっていますから。」
「あ、そ。ホントに変わってンな、オマエ。」
「貴方のような人と長くお付き合いしていくには、少しくらい変わり者じゃないと無理かと思いますけど。」


ニコリ、笑い掛けると、デスマスク様の口角もニヤリと釣り上がった。
憎たらしさしか感じられなかった彼のニヤリ笑顔も、実はこんなに魅惑的だったなんて、以前の私には気付けなかった事。
見方が変われば、世界が変わる。
この人の傍にいれば、私の世界はもっと広く、もっと無限大に変わっていくような気がするの。


「ンじゃまぁ、今日から宜しく頼むわ、アレックス。」
「こちらこそ、デスマスク様。」
「長い付き合いになるだろうが、逃げ出さねぇでくれると助かる。多分、俺が死ぬまでは、オマエに面倒見てもらう事になるだろうから。」
「死ぬまで? あの……、デスマスク様に恋人が出来るまでの間違いでは?」
「あ〜……。」


そして、また銀の髪を掻き毟る、ワシワシワシワシと。
それから顔を上げて、でも、今度は私と目を合わせずに、そっぽを向いたまま。


「俺は、どンなに手が足りなくて大変だろうと、自分の気に入らねぇ相手を傍に置く気はサラサラねぇの。俺がアレックスの配属を希望した。それが何を意味するか、そのくらいは分かンだろ。」
「えっと、それは……?」
「一生ヨロシクしてもらいてぇって事だ。ったく、オマエ、鈍過ぎ。言わせンなよ、これ以上。」


一生……、それは、つまり……。
カアァァッと赤く染まっていく頬。
全身が一気に熱くなって、ボンッと発火するのではと思った。
そんな私の様子を見て、またデスマスク様は溜息を吐く。
きっとこんな風にあからさまな言葉を告げる事は、彼の本意ではなかったのだろう。


「ま、徐々にだ、徐々に。オマエがココでの暮らしに慣れて、気が向いたら、そうなればイイ。そンくらいに思っとけ。」
「は、はい……。」
「お。これ、映画のチケットか?」


話題替えとばかりに、私のバッグのサイドポケットから顔を出していたチケットに手を伸ばしたデスマスク様は、それをマジマジと見てから、ニヤリと笑んだ。
お誂え向きの恋愛映画が掛かっているから、次の休みに一緒に行こうと、楽しげに言う。
少々躊躇いながら、それはアイオロス様から頂いたものだと告げれば、彼のニヤリは益々深まった。


「誰を誘ってもイイっつったンだろ? アレックスが宮主として選ンだのは俺なンだから、俺と行くのが当然だ。」


地団太踏んで悔しがるアイツの姿は見物だな。
そう言って、クックッと楽しそうに笑いながら、腰を上げるデスマスク様。
窓辺へと歩み寄るその広い背中を見つめて、私は再び笑みを零していた。
意地悪で、捻くれ者で、素直じゃなくて。
でも、本当は優しくて、気遣い屋さんで、可愛くて、そして、放っておけない人。
誰が一番に私を必要としてくれているのか、誰の元にいるのが私にとって大切な事なのか。
気付いてしまったから、もう他の誰かを選ぶなんて出来ない。


そっと歩を進めて、私はデスマスク様の隣に並んだ。
窓から差し込む午後の光が眩しい。
目をパチパチと瞬かせて、真横の彼を見上げた。


この人の傍で、これからの人生を過ごせる事。
それが私にとっての一番のプレゼントなのだと、そう思えた瞬間だった。



貴女が選んだのは
俺様だけど、優しい彼



‐終章、end‐





長らくお待たせしました。
中編夢『ささやかなお祝いを』、別名『彼プレ』、無事に完結致しました!
エンディングには納得出来ない方もいらっしゃるかもしれませんが、こういう逆ハー的なお話になると、どうしても蟹さまを贔屓してしまう蟹座の女です(苦笑)
何だかんだで、何も贈り物をしなかった人の勝ち(笑)

では、ここまでお付き合いくださった皆様、有難う御座いました!
2014.10.26



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