「知らなければ良かった、聞かなければ良かったと、そう思いますわ。」


俯いてこそいなかったが、アレックスは私とは目を合わせず、落とした瞳は手元のティーカップを見つめていた。
その琥珀色の水面に、何が見えているのだろう。
懐かしい父親の顔だろうか。
彼女の父は確かに厳しい人ではあったけど、笑った顔は太陽のように眩しかった。


アレックスに掛ける言葉を見つけられない私は、ただ黙って曇った彼女の表情を見つめているだけ。
今は、どんな言葉も陳腐な慰めにしかならないだろう。
そんな見せ掛けだけの言葉を掛けられたところで、彼女は困惑するだけだと分かっている。
アレックスの心に届かない言葉など、無意味なのだ、口に出す価値もない。


私に出来るのは、たった一つ。
彼女自身が落ち着きを取り戻すのを、向かい側からジッと見守っている事だけだった。
伏せた睫が頬の高い位置に影を落とし、僅かに噛み締めた唇が鮮やかに染まるアレックス。
こうした悲しみと悔しさの入り混じった表情さえ美しくあるのだな、彼女は。
そう思った、その時……。


――っ?!


予想外の事が起こり、私は目を見開いて、アレックスの美しい顔に見入った。
そう、その時、彼女の陶磁器のような白い頬を、再び溢れ出した一粒の涙が伝ったのだ。
ハラリと一粒、滑り落ちた涙色の宝玉。


目の前で見た彼女の涙に、私は息が止まりそうになった。
ダイヤモンドよりも鮮やかに輝き、そして、冷たく鋭い涙の色。
それは形容し難い痛々しさに満ち、私の胸までもキツく締め付けた。
そして、私はアレックスの涙によって、こんなにも心を揺さ振られた事に酷く動揺した。
この心が、こんな風に自分以外の誰かのために深い痛みを覚え、切なく反応した事などなかった。
そして、ある考えが頭に浮かんで、私はハッとする。


そうか、そうだったのか。
ずっと、気が付かなかった。
この長い月日、ただ居心地良さだけを求めて、彼女といる事を望んでいるのだとばかり思っていたから。
そう、これは……。


これは『恋』だ。


私はアレックスに恋をしていたのだな。
ずっと前から、多分、彼女との時間が居心地良いと感じ始めた頃から。
私は彼女の事が好きだったのか……。


そう気付いて、目から鱗が落ちた気分だった。
私がいつもアレックスの事を気に掛け、見つめていたのは、彼女に恋をしていたからだったのだ。


「……アレックス。」


手を伸ばして、彼女の頬を伝った涙の痕をそっと拭った。
その頬と涙の冷たさに、より一層、心が締め付けられる。
今の私は、彼女と同じだけ、この心が痛んでいた。


触れた私の手の感触に、ゆっくりと顔を上げたアレックス。
見つめ返す瞳は、僅かな驚きを含んでいた。
が、その顔には、もう悲しみの色も苦しみの影もない。
そこにあったのは、強い決意の色だった。


「私のお願いなのですが……。」


蕾のような彼女の唇から零れ出た、小さく、それでいて良く通る声。
そして、アレックスが私に告げた言葉は、驚愕の一言だった。





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