アイオリアの逞しい腕の中で、私は未知の体験をしていた。
まるでジェットコースターに乗っているかのように高速で流れる景色。
速過ぎて視界に捉えられないそれは、数本の帯のように繋がって見えていた。
下方に見える灰色の帯は、十二宮の階段。
横に見えている緑の帯は、階段の左右に生い茂る草木。
そして、建物らしき所を通過した時には、緑の帯が一瞬だけ途切れる事に気付いた。


やはり聖闘士というのは、とんでもない存在なんだ。
このスピード、人知の範疇を軽く超えている。
平々凡々で普通過ぎる程に普通な私とは正反対、対極にいる存在が彼等。
そんな人に恋心を抱いてしまうなど、不釣合いにも程がある。
好きになってはいけない人を好きになってしまったのだと改めて思い知らされ、私の心が小さく痛んだ。
そんな思いを振り払うかのように、私は彼により強くしがみ付いた。


だが、突然、ピタッと止まった彼の足。
そして、私の視界には、動きを止めて、帯状から静止した状態に戻った景色が映る。
目的地に辿り着いたのかしら?
そう思ったが、私を降ろす素振りを見せないアイオリア。
ただ単に、足を止めただけなのかもしれない。
腕の中から彼を見上げれば、酷くぼんやりとした顔をしていた。


「アイオリア?」
「あ? あぁ、スマン。着いたぞ。」


名を呼ばれた彼はハッとした顔をして、ノロノロと抱えていた私を降ろす。
一体、どうしたのかと思い、ジッと見ていると、僅かに顔を赤らめて照れ臭そうに、はにかんだ。


「いや、もう着いてしまったのかと思ってな。何だか残念な気分になって、つい……。」
「え……?」


先程まで痛んでいた筈の胸が、甘い高まりと共にトクンと音を立てる。
その言葉、どう受け取れば良いの?
私を降ろしたくなかったって事は、ずっと腕に抱いていたかったって事でしょ。
それって……。


私まで顔を赤く染めて、彼を見上げる。
目が合って、でも、言葉が出なくて。
二人、恥ずかしそうに、ただ見つめ合って。
何だか互いの想いを、手探りで探し合っているみたいに、もどかしいような、でも心が弾むような。
何かを言い掛けて、苦笑いしながら言葉を飲み込む彼が愛おしく感じられて、私は無意識の内に手を伸ばしていた。
その手が彼の腕に触れると、驚いた顔をして見返してくる。
私は顔を真っ赤に染めながら、それでも力強く頷き、彼の手をギュッと握った。


その時――。


「……アイオリアか?」


背後から響いた声に、二人同時に振り返る。
目の前にそびえていた宮の入口に、一人の男性が姿を見せていた。





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