21.深愛



それからの数日間。
私の毎日は充実していた。


それはアイオリアと過ごす残り少ない日々を、しっかりと胸に刻み込むように、一分一秒をも大切に過ごしているからで。
彼の全て、表情も仕草も癖も、笑顔も怒り顔も思案顔も、声も言葉も息遣いも、匂いもキスも愛の交わし方も。
何から何まで全てを忘れないために、私は彼の傍を離れず、色んな姿を目に焼き付けていった。


トレーニングで汗を流す姿も、後輩相手に稽古を付ける姿も、苦手な事務仕事に四苦八苦する姿も、彼に恋して止まない私の目には、全てが素敵に映る。
二人で市街に買い物に出た時は、ごく普通の青年らしく振舞って、そんな彼の姿や仕草も新鮮で。
私は何度も、何度も何度も、アイオリアを好きになる。
そして、残り時間が少ないと知っているからこそ、こんなにも彼を愛しく感じるのだろうと、そう思った。


勿論、聖域で過ごす時間が後僅かである事を、アイオリアは知らない。
彼は私がココに残って、彼の傍にずっと居るものだと信じている。
これからの未来、私と共に毎日を過ごし、いつか家庭を持つ時の事まで考えているようで。
特に言葉にしては言わないが、そんな将来を思って楽しそうに笑うアイオリアの瞳の輝きを見る度に、私の胸は酷く痛んだ。


あの事件の真相、姉さんの死については、今までと変わらず『事故』として処理する事になった。
あの日、あの後。
沙織さんとシオン様に事件のあらましを報告し、その後の協議の結果、そうする事に決まった。
アイオロスさんは教皇補佐として、これからの聖域を背負って立つ身。
不用意な噂を立てたくはないという思いと、やはり、この事件はアイオロスさんと姉さん、二人だけの心の中に仕舞っておくべきだろうと、そういう判断だった。


加えて、それはアイオロスさんと同じ教皇補佐のサガさんにも、配慮しての事だという。
直接の原因が彼になくとも、「元はと言えば、私がアイオロスに罪を着せたのが元凶なのだ。」と、彼はきっと自分と自分の過去の行いを責めるだろう。
そのような無用の心労を彼に増やす事はしたくない。
沙織さんもシオン様も、そう考えたようだった。


こうして姉さんの事件の真相は、一部の人達の胸の中で蓋をされた。
迂闊にこの事件の真実を他人には喋らないと、皆が皆、自分の胸に言い聞かせて。
それは聖域に居る全住民ほか、黄金聖闘士に対しても例外ではない。
真相を知らない黄金聖闘士の誰かが、何かを尋ねても、「事故だった。」と答える、そう決めていた。


もしかして、カミュは真相に薄々気付いていたかもしれない。
シャカさんが自力で真実を悟ったように、彼もまた……。
だが、カミュはあえて何も聞いてこないし、彼から聞かれないのなら私達も自ら話す必要はない。
多分、聡明なカミュの事、知るべきではない事だと判断して、忘れようとしてくれているのだ。
そんなカミュの心遣いに感謝しつつ、私はアイオリアと他の黄金聖闘士達との最後の時を楽しんで過ごした。


毎朝、姉さんのお墓を訪れて祈りを捧げ、そして、思う。
もう家に帰ろう、と。


たった一人の肉親だった姉さん。
親の愛も知らず、スパイとして送り込まれた聖域で、多感な少女時代を過ごした姉さん。
そんな姉さんの分まで、私は私を大切に育ててくれた両親のために生きなきゃいけないと、心から思う。
例え血は繋がっていなくても、横浜で帰りを待ってくれているお父さんとお母さんが、今の私にとっては一番大切な家族だから。
ひと時の情熱よりも、家族の愛と繋がりを大切にしたい。
アイオリアの事は勿論、愛しているけれど、これが今の私が出した『結論』だった。





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