緩やかに吹き付ける風に、私の黒髪が踊る。
振り返れば、アイオロスさんは草原の真ん中辺りに座ったまま、笑顔でこちらを見ていた。


「気を付けろよ、危ないぞ。」
「大丈夫ですよ、子供じゃないんですから。」


ゆっくりと崖の縁に沿って歩く。
アイオロスさんの言う通り、あまり近付き過ぎると危ないから、崖からは少し距離を置いて。


この下って、どうなっているんだろう?
覗き込んでみたい気もするけど、やっぱり怖い。
アイオリアが傍にいたならば、彼に支えてもらって下を見ようとするかもしれない。
きっと彼なら必要以上に強い力で支えてくれるのだろう。
大丈夫だと言い聞かせても、首を横に振って絶対にその手を離さないのだろう。


そこで、ふと気付いた。
どんな事でも『アイオリアなら』とか、『アイオリアとだったら』とか、彼に結び付けて考えてしまう自分がいる事に。
傍にアイオリアがいない今、やっとその事に気付けた。
もう私の思考は、彼なくしては回らないようになってる。


ううん、思考だけじゃない。
この心も、この身体も、毎日の生活だって。
私の全てが、彼なくしては有り得ないの。
そう思い至って、私は再び泣きたい気分になった。


フラフラと歩いていた足を止めて、遠く景色に視線を移す。
ホンの少しだけ込み上げた涙に、目の前に広がる美しい景色が歪む。
この歪みが、私の偽りの心そのものなのだと思った。
自分の心を偽って、この地を、アイオリアの傍を離れようとしている事。


「――危ないっ!!」


それは背後から聞こえたアイオロスさんの声に、ハッとして顔を上げた瞬間の出来事だった。
勢い良く吹き付けた風は、予想外の強さで私の身体のバランスを奪った。


「っ?! やっ……、き、きゃあぁぁぁぁ!!!」


フラフラと歩いている内に、崖の縁のスレスレまで近付いていた事に、私はまるで気付いていなかったらしい。
アイオリアの事を考えていたせいで、足元への注意が疎かになっていたのだ。


そして、バランスを崩した私の身体は、風に攫われるように崖下の方向へと傾く。
遥か先に広がる黒い大地へ向かって、私は急降下しながら吸い込まれていった。





- 7/8 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -