頭上を大きな雲の塊が流れていき、俯いていた私の手の甲に黒い影を作った。
視線をズラすと、隣に座るアイオリアの手にも、そして、傍で目を閉じて寝転がるアイオロスさんの顔にも、黒い影が横切っていき、そして、また明るい光に照らされる。
私はアイオリアの手を求めて、自分の手を伸ばした。
理由は分からないけれど、彼に触れたくて、彼の手に私の手を強く握って欲しくて。
膝の上に乗っていた、そのゴツゴツとした闘士の手に、自分の手を重ねた。


「……浅海?」


問い掛けるように名前を呼び、首を傾げて私の方を見るアイオリア。
だが、私は何も言わず、ただぎこちない笑みを浮かべた。
自分でも理由は分からない。
だから、彼に何て説明したら良いかなんて分からない。
アイオリアから与えられる安心感が必要だった。
だから、その手の温もりを欲した。


でも、それも束の間の事。
アイオリアの手がスッと離れ、それと同時に微かな声が聞こえて。


「……オリア。アイオリア!」
「ん? あれは……、シャイナか?」


声のする方角へと目を向けると、先程、アイオロスさんがやって来たのと同じ林の中から、誰かが走ってきていた。
大きく手を振って、こちらに近付いてきた人影。
仮面を着けたその姿は、先日会った魔鈴さんと同じ女性の聖闘士さんだと思われた。


「誰か人手が無いかと小宇宙を辿って来たんだけど、ちょうど良いトコにいたね。ちょっと付き合って欲しいんだ。」
「何事だ? 俺はそれ程、暇ではないのだが?」
「こんなトコで日向ぼっこしてたってのにかい? 少しぐらい良いじゃないか。」


新たに加わった人の気配に気付いてか、目を閉じていたアイオロスさんがムクリと起き上がる。
アイオリアと同じ柔らかそうな金茶の髪を掻き毟りつつ、その女性聖闘士さんの方へニッコリと、誰に対しても分け隔てない笑顔を向けた。


「やぁ、シャイナ。」
「アンタは随分と暢気だね、アイオロス。そのだらしない姿、黄金聖闘士の筆頭、教皇の補佐を務める人にはまるっきり見えないよ。」
「ははっ。俺にはサガのような威厳ある雰囲気は出せないんでね。苦手だしな、そういうの。」


失礼とも取れる彼女の物言いに、苦笑を浮かべて答えるアイオロスさんは、何処か楽しげだ。
こういうところが親しげで打ち解けやすく感じるのだろう。
そして、心の広さをも感じさせる。


「で、用ってのは何だ?」
「そうそう、この先の広場で訓練生相手に指導をしてたトコだったんだけどね。教えようとした事が、私一人では上手く手本が見せられないんだよ。こう、対象になる相手が欲しかったんだ。」
「それを俺に?」
「駄目かい?」


アイオリアはチラッと私の方を見た後、困ったように頭を掻きながら苦い笑いを浮かべた。
その表情は、ついさっきアイオロスさんが見せた表情に良く似ていた。


「俺じゃ駄目かい、シャイナ。リアは忙しいみたいだし。」
「悪いけど、聖域の英雄と呼ばれるアンタを相手に組み手なんて出来る程、私の神経は太くないんでね。慣れてる相手の方が良いのさ。」


溜息を吐くアイオリア。
その目は私の方を見て、どうしようかと途方に暮れている。


「ならば、浅海も一緒に――。」
「彼女なら俺に任せておいて良いぞ。直ぐに済むのだろう?」
「あぁ、そんなに時間は取らせないさ。頼むよ、アイオリア。」


アイオリアは私を一緒に連れて行くつもりだったのだろうし、勿論、私もそのつもりだった。
だけど、にこやかな笑みを浮かべたアイオロスさんが、それを遮って、自分に任せろと言い出す。
刹那、ポンッと肩に置かれた彼の大きな手に、心臓がビクッと跳ね上がった。


「そうか……。兄さんなら、安心だな。頼めるか?」
「心配いらないよ。」
「分かった。じゃあ少しの間だけ、浅海の事、頼むよ。」
「あ……、あの、アイオリア……。」


どうしよう、行ってしまった……。


私を置いて、彼だけ遠くへと走っていく。
あっと言う間に見えなくなったアイオリアの存在は、私の中では凄く凄く大きくて。
初めて感じる深い喪失感に、私は暫し呆然としていた。





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