窓辺の小さなテーブルに、グラスを置く音がゴトリと響く。
グラスの底に残った紅茶の色が、窓から差す日差しに揺れて、白いテーブルに琥珀色の影を作った。


「黄金聖闘士に不可能なんてない。そう言ったら、アミリアは信じてくれるかな? まぁ、どのみち、この程度の簡素な鍵、私達にはあって無きに等しいけど。」
「ま、まさか、壊して入ってきた、とか?」
「さあね。アミリア自身の目で確かめたら?」


そう言って、私の手を取り、入口のドアまで導いていくアフロディーテ様。
ホンの短い時間だけなのに、繋いだ手の感触がとても熱くて、その体温の高さにドキドキと胸が高鳴る。
彼の手の平って、こんなに熱かったんだ。
そんな事をぼんやり考えながら、アフロディーテ様がおもむろに開けたドアのノブに向かって身を屈めた。


「壊れて、ない。」
「だろう? だから、黄金聖闘士に不可能はないって言ったんだ。」


またクスクスと笑う、その声が、どこか耳に遠かった。
意識は目の前のアフロディーテ様よりも、まだこの手に残る繋いだ手の熱さの方に持っていかれている。
だから、聞こえる声も、目の前の景色も、手の感触以外の全てが霞んで感じるのだろう。
身体から意識だけが離れ、ほわんと浮んでいるような感じだ。
だからこそ、さっきまであんなに気にしていた鍵の事なんか、全然、どうでも良いようにすら思えてしまう。


「さて、と。折角のキミのティータイムを邪魔してしまったお詫びに、我が宮のティータイムにアミリアを招待しよう。美味しいティーソーダを淹れて上げるよ。だから、キミの分は私だけに、ね。」
「??」


アフロディーテ様の、極上の笑顔付きの思わせ振りな目配せ。
だが、私には何の事やら分からず、ただ目をパチクリとさせるだけだった。
それを見て焦れたのであろう、浮かべていた眩い笑顔を直ぐに引っ込めて、彼はちょっと拗ねた顔をする。
意外に気が短いのね、今日のアフロディーテ様は、まるで子供のようだ。


「何だい? バレンタインだと言うのに、アミリアはチョコの一つも用意してないのか?」
「あ……。忘れて、ました。すみません。」
「キミの女子力は、雑兵以下だな。」


雑兵以下って……。
せめて青銅くんレベルくらいにはいたかったんですが。
それにしても、アフロディーテ様がチョコを欲しがるだなんて、これもまた意外だ。
彼なら他の女官達から、たんまりと貰ってそうなイメージだったし。
それとも、欲しかったのは『私からのチョコ』だったのだと、そう解釈して良いの、その言葉を。
だからこそ、そんなにもガッカリしてしまったのだと。





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