こうして私は茨姫になった



お伽話みたいな夢を見ていたと思っていたのに。
目が覚めたら、そのお伽話の王子様が私の横で眠っていて、心臓が飛び出る程に驚いた。
声を上げそうになって慌てて両手で口を覆い、上半身をベッドの上に起こす。
マジマジと見下ろす彼の寝顔は王子様以外の何物でもない、息を飲む程、美しく整った顔。
そうか、あれは夢じゃなかったんだわ……。


強かに酔っていた。
勧められるままに飲んで、飲んで、飲んで、前後も左右も、上下すらも分からなくなっていた。
だから、足が縺れて転びそうになった私を、咄嗟に支えてくれた逞しい腕の持ち主が、目映い世界から来た王子様のように見えてしまったのも、全てお酒のせいだと思っていた。
それはアルコールがみせる夢幻のような世界なのだと。


でも、どんなに酔っ払って、酔い潰れていても、私の目と頭は正常だったらしい。
私が成り行きで選んだ一夜の相手は、そこらの適当な男の人ではなく、正真正銘の王子様だったのだから。
『ロディ』と名乗る彼の纏った、柔らかな薔薇の香り、冷たい手、白い肌。
急速に身体の中に甦ってくるのは、激しい情事の名残。
彼は麗しい外見とは裏腹に、少々強引に私を組み敷き、力強く私を貫いた。
二度も、三度も、形を変えて。
お伽話に、こんな生々しく官能的な場面はない。
そうよ、これは紛れもない現実。
ロディが私に与える、夢のような現実。


「そんなに見つめられると、穴が開いてしまいそうだよ、アイリス。」
「あ、ごめんなさい……。起こしてしまった?」


余りに現実離れした美しさに、溜息が漏れた。
この泣きボクロが、ロディという人の妖艶さを、更に増している気がして。
無意識に、その白い頬に触れようとした、その時。
一瞬だけ早く瞼を開いた彼に、その手を掴まれてしまった。


「アイリスに見つめられて開く穴なら、それも良いかもしれないな。」
「私は嫌よ。綺麗な貴方に穴なんて開いちゃうのは。」
「そうか。穴ならキミに開いているものだけで十分か。何と言っても、私だけを受け入れる甘美な穴だからね。」
「あっ……。」


それは息を吐くよりも早い、刹那の出来事だった。
ロディは掴んだままだった手を素早く引き、一瞬で彼と私の身体を入れ替えて、私をシーツの上に組み敷いていた。
吐く事の出来なくなった息を飲み込み、闇の中に見上げる王子様の顔。
でも、首から下、肩や腕、胸板の盛り上がった筋肉を見ると、それは王子様にはあるまじきアスリートの肉体で。
こんなに美しい格闘家なんていたかしらと、頭の中の朧げな記憶を辿りながら、指で彼の胸に残る大きな傷跡を辿った。


「アイリスの手は冷たいな。」
「ロディの肌も冷たいわ。」
「そう? あんなに愛し合って温め合ったのに、もう冷めてしまったなんて……。もう一度、温め合う必要があるね。」
「んっ……。」


容赦なく私の唇を塞ぐ、ロディの唇。
肌から、髪から、吐息から、彼の存在の全てから匂い立つ薔薇の香気に、意識が眩んでいく。
そして、ホンの少しの短い愛撫の後に、ロディは容赦なく私の中へ深々と侵入を果たした。
それが当然の事のように、私の身体は滑らかに、少しの抵抗もなく、ロディの熱を自身の奥へと導いていく。


「あっ……、はっ……、おかしいわ……。」
「何が、アイリス?」
「これは現実だって、再認識した筈なのに……、んっ……。やっぱり夢にしか、思えなくなってきたの……、あっ……。」
「夢なら夢で良いさ。キミをたっぷりと悦ばせてあげる。その代わり、私をたっぷりと満足させて欲しいな。」
「あっ、ああっ……。」


この嵐のような目眩の果てに、極上の歓喜を味わったなら、私は否応なく眠りの世界へと攫われるのだろう。
そして、その眠りから覚めた時には、ロディという人の姿は消えてなくなっているのだろう。
夢のような現実、現実のような夢、どちらが本当の世界なのか分からないまま、私はお伽話の王子様に抱かれ、二つの世界の境界線を見失う。
後はただ、永遠に消えた幻影に恋焦がれ続けるに違いないの。



茨姫は王子に焦がれて眠りに就いた



‐end‐





任務後に一杯やっていたバーで引っ掛けた女の子と一夜限りのアバンチュール(笑)な魚さまのお話です。
彼にとっては一夜の遊びも、女の子の心には一生残るよね、って事で。
だって、あんなに見目麗しい人と致してしまったら、そりゃあ忘れられないでしょうから。

2019.03.11



- 1/1 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -