雪消
‐ユキゲ‐



雪解けシーズンの道路ほど嫌なものはない。
足元は何処もかしこもグチャグチャに溶けた雪。
気を張っていないと、道路の端に広がる海みたいに巨大な水溜まり(しかも泥水の)にハマったり、ぬかるんだ雪に足を取られて滑ったりする。
こんな泥雪の上で転ぶなんて、真っ平ゴメンだ。


隣を歩く恋人との会話も儘ならず、俯いて地面ばかりを眺めて歩く時間の、何と陰気な事か。
横を通り過ぎて行く車に泥を引っ掛けられやしないかと、耐えずヒヤヒヤし。
時には、その激し過ぎる泥攻撃からアイリスを庇いもしなければならず、正直、神経を使い過ぎてクタクタになってしまう。


「ディーテ……。何だかウンザリした顔してる?」
「当然さ。この時期の街は嫌いなんだ。全く……、美しくないにも程がある。」
「自分の故郷なのに、随分な言い様ね。」
「雪解けさえなければ良い街なんだ。静かで穏やかで、冬の雪景色も、それはそれは綺麗でね。だけど、この雪解けだけは我慢ならない。はぁ……。毎年、雪解けの日がキッチリ決まっていて、その一日だけで全部の雪が溶けてなくなってくれれば、どんなにか良いだろう。」


ちょっとだけ休憩を、そう称して入った昼下がりのカフェ。
席に着くと同時、ココぞとばかりに愚痴を吐き出した私の向かい側で、アイリスはクスクスと上品に笑った。
時刻は午後二時。
ランチタイムとティータイムの狭間のためか、人の少ない静かなカフェの中に、パッと明るい色の花が咲く、そんな彼女の笑顔。


アイリスが私の故郷を訪れたいと言い出したのは、ホンの数日前、突然の事だった。
どうせ行くならば、もう少し暖かくなってから、雪が溶けてなくなり、花が芽吹き初めた頃が良い。
そんな私の言い分は聞き入れられず、彼女は首を左右に振った。
思い立ったが吉日、今直ぐに行くから楽しいんじゃないのと、そう言い張ったアイリスは、良いトコ育ちのお嬢様、上品でおっとりとしていながら、自分の意見は譲らない性格で、悪く言えば頑固、良く言えばマイペース。
結果、こんなにも最悪コンディションの街を歩く事になっただけでなく、見た目的にも非常に宜しくない街の景色を彼女に紹介する羽目になってしまったという訳だ。


「もう少し春が進んだ頃に訪れていたら、本当に綺麗な街なんだ。まだ風は冷たくはあるが、花の色は鮮やかで、緑は眩しいくらいだ。どうせなら、そっちの景色をキミに見てもらいたかった。」
「でも、それじゃあ楽しみが減ってしまうでしょう?」
「……ん?」


楽しみが減るとは、どういう事だろう?
意味が分からずに首を傾げる。
アイリスは再びクスクスと艶やかに笑って、ティーカップを口に運んだ。
コクリ、紅茶を飲み下す喉の白さが光って見えた。


「私、これから何度も、この街に来るつもりなの。」
「それは、私と絶対に別れないという宣言かな?」
「そう、そうよ。だからね、一番最初に、一番悪い状態の街を知っておきたかったの。そうしたら、いつ来ても、それまで以上に心トキメク風景に出会えるでしょう? そして、もっともっと沢山、いっぱい、目一杯、好きになっていくの。ディーテの育ったこの街の事も、貴方自身の事も。」


それって素敵だと思わない?
そう言って、ウインクをしたアイリスのみせた無邪気な表情の、なんてチャーミングな事か。
その笑顔一つで、今回の我が儘は全てチャラになった気がした。



振り回されて、癒されて



私を振り回すアイリスも、笑顔で癒してくれるアイリスも、どちらも魅惑的な彼女。
生き生きと自分らしくあるアイリスが、何よりも美しいと感じる自分。
あぁ、これが惚れた弱みというヤツなのかな。



‐end‐





お魚さま、お誕生日おめでとう御座いました(懺悔;)
魚誕に何もアップ出来なかったので、せめてと思い、短めの話をガリガリ書いてみました、これで許してください。
彼がスウェーデンのどの辺りの出身か分かりませんが、私が住んでいる地方と似た感じかなと勝手に妄想。
まさに今、自分自身が、雪解けのグチャメチャ雪道に辟易していて、こんな話になってしまいました(苦笑)

2015.03.12



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