海底で待ちぼうけ



この頃、やっと見慣れてきた上空の海を眺めて、私は小さな溜息を吐いた。
いつも穏やかで透き通っている頭上の海が、今日はユラユラと波を打って揺れ動き、深い青緑色にくすんでいる。
この分だと、地上は嵐か、大雨か。
いずれにしても悪天候なのは明らか。


いつものように上空の海を通してキラキラと差し込む、あの神秘的な光の輝きが見れないのは寂しい。
それ以上に、こんな天候状態では、今日はカノンが帰って来れないだろう事が予想されて、もっと寂しかった。


カノンは聖域との交渉や任務があるからと、一人、地上に出ていった。
もう一週間も前の事だ。
一日・二日程度の短い任務なら、私も大人しく待っていられるけれど、流石に、こうも長い間、留守にされると、やっぱり心細い訳で。
これまでだって、一緒に連れてって欲しいと何度も頼んだけれど、彼は決して首を縦には振らない。


「地上への往復は、一般人のアミリには負担が掛かり過ぎる。そんな無理を、お前にはさせられん。」


私の身を一番に気遣ってくれるのは嬉しい。
それだけ私を大切に思ってくれているのだと、それも分かっている。
それでも私は『ただの女』でしかないから、こんなにも時間が空いてしまうと寂しくもなるし、不安にもなる。


「こんなに頻繁に地上に行かなきゃいけないんだったら、いっそ二人で聖域に住んでしまいたい……。」
「悪いが、俺は遠慮させてもらう。」
「っ?! カノン?!」


まさか、こんな嵐の中を、地上から、この海底へと戻って来たというのだろうか?
幻影か何かの類(カーサさんの怪しげな技とか)かもしれないと、慌てて駆け寄り、飛び付いてみたけれど。
そこにいたのは紛れもないカノン本人で、私はその身体に抱き付いたまま、呆然と、ただ呆然と、渋い表情の彼を見上げるばかりだった。


「口が開いているぞ、アミリ。」
「そりゃあ、口くらい開くわよ。」
「兎に角、却下だからな。聖域に住むなど、俺はまっぴらゴメンだ。」


渋い顔の原因はソレですか。
一体、聖域の何がそんなに嫌なのかと問えば、返ってくるのは些細な愚痴ばかり。
物珍しげに遠巻きに自分を眺める闘士や雑兵達の視線も嫌だし、やたらとおべっかを使ってくる神官達も嫌だし、変に気を使う同僚達も気に障る。
何より、たった一人の肉親である双子の兄と、四六時中、顔を突き合わせてなければならない事が苦痛だと、声を大にして言い張るのだ。


「ココが俺には合っている。気楽で良い。お前と二人、気楽にノンビリ過ごすのがな。」
「それだけ?」
「ん?」
「理由は本当に、それだけなの?」


そう問えば、思い切り顔を顰めた後、フワフワと乱れた髪を掻き毟る。
そして、フンとソッポを向いて、小さく零すの。
そんなところは大きな子供のよう。


「……アミリを愚兄の傍に置いておきたくはない。」
「それだけ?」
「好色な黄金聖闘士の近くには、住まわせたくはない。」
「それだけ?」
「まだ言わせたいのか? そんなに寂しかったのか、アミリ?」


当たり前だ。
一週間も待ちぼうけをくらったのだもの、寂しいに決まっている。
大体、そんなに独占欲の強い理由で、私を聖域に連れて行きたくない人が、こうも長い時間、離れている事は、どうして平気なの?
そんな些細な事まで問い詰めたくなる程に。


「寂しさを紛らわす方法なら、幾らでもある。帰った時に、アミリをどうしてやろうかと、どうやって味わって、どんな風に鳴かせてやろうかと考えを巡らせて目を閉じれば、一人寝も存外、寂しくはないからな。」
「も、もうっ、バカッ! バカノンッ! 妄想癖!」


途端に、それまで渋かった顔をニヤリと歪ませて。
下心を隠しもせずに、私の事をジロジロと見下ろしてくる青い瞳。
押し退けるように大きな胸を押し遣ったところで、ビクともしない立派過ぎる身体が憎らしい。


「妄想癖じゃない男など、この世にいるのか? 大体、寂しさを紛らわすのに、お前の匂うような肢体を想像する以外、何をすれば良いんだ? 教えてくれ、アミリ。」
「そ、それは……。」
「答えてくれないのか? ならば……。」


その身体に聞いてやろう。
耳元で擽ったく囁いたと同時に、フワリと浮き上がる身体。
もう、戻ってくる度、いつもいつもそればっかりなんだから……。


でも、そうなる事を私も期待していると、きっとカノンも知っているから。
有無を言わさず抱き上げて、強引に私を連れていくのだろう。



深き海底で見るのは、夢ではない甘い現実



向かう先は、北大西洋の柱の下の、二人だけの部屋。
甘い吐息に満たされた、柔らかにも、激しく揺れるベッドの上へと。



‐end‐





カノンさん、ムッツリです(苦笑)
私は海界寄りのカノンが好みです。
聖域連中(特に黄金ズ)には少し距離を置く、孤高なイメージを貫くカノン。
なので、我が家のカノンは海底にいる事が多めです。

2012.09.23



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