休日の朝、身支度を整えてリビングへ出ていくと、そこにアリナーの姿はなかった。
壁の時計を見る。
七時三十分を少し過ぎた頃。
この時間だと、いつもの場所に居るのだろう。
そう思って、中庭へと足を向けると、予想通り彼女はそこに居た。


花壇に咲き乱れる色とりどりの花達。
突き刺すような暑い夏の日差しを浴びて、それでも色鮮やかに咲き誇る花達の逞しさに目を細めながら、ゆっくりとアリナーの背後に近寄る。


「……アリナー。」
「あ、おはよう、アイオリア。」


ジョウロで撒かれた水が、土の地面にシュワシュワと吸い込まれていく音が、不思議と耳に心地良い。
濡れた葉の上を重たげに滑る水滴が、朝日を反射してプリズム色に輝く様も、撒かれた水の蒸気によって、一瞬だけ浮かび上がる小さな虹も、見ていて何とも平和で幸せな気持ちになった。


「今日はお休みだから、もっとゆっくり寝てるかと思った。」
「何だ? 俺が早く起きてきては駄目だったのか?」
「そうじゃないけど、ちょっと驚いただけ。」


ニコニコと笑みを崩さず、アリナーは俺にジョウロを手渡す。
何も言わずに指差した方向に目を遣れば、まだ水撒きの終わっていない花壇が目に映る。
俺にやって欲しいという、無言の催促か。
仕方なくジョウロを受け取り、彼女から水撒きを引き継いだ。


朝の水撒きというのは、何とも爽やかで心地良いものだな。
自分が水浴びしている訳でもないのに、同じくらい涼やかな気分にさせてくれる。
明日からは、忙しくない限りは、水撒きくらいは手伝っても良いかもしれない。
これまで庭には全く見向きもしなかった事を少しだけ申し訳ないと感じながら。
そう思いつつ、チラと彼女の方を見遣れば、アリナーは剪定鋏を手に、綺麗に咲いた花を次々とカットしていた。


「切ってしまうのか? 勿体ない。」
「良いのよ。これは今日の為に育てていたのだから。」
「今日のため?」


中庭が殺風景だからと花の種を蒔き、球根を植え、毎朝、甲斐甲斐しく世話をしていたアリナー。
花を育てるのが彼女の趣味なのかと思い込んでいたが、今の口振りでは、どうやらそうではないらしい。
俺は素直に首を傾げる。


「本当に分かってないの?」
「あぁ。」
「困った人。」


苦い笑みを浮かべて、だが、その答えを言わぬままに、アリナーは宮の中へと戻っていく。
手には小さな花束に出来そうなくらいの切花を持って。
慌ててジョウロを片付けた俺が、アリナーの後を追ってリビングに入ると、彼女はその花を花瓶に活けているところだった。
白いテーブルの上を鮮やかに飾る花は、目にも眩しいくらいだ。
パチパチと瞬きを繰り返し、赤・白・黄・紫・橙と、窓から差し込む光の中で、キラキラと輝く花達を眺めた。


「さ、朝御飯にしよう、アイオリア。」
「あ、あぁ……。」


テーブルには、あらかじめキッチンに用意してあったのだろうワンプレートの朝食が運ばれ、アリナーに促されるまま席に着く。
グラスにコポコポと注がれるオレンジジュースを眺めながら、未だ俺は呆然としていた。


「どうしたの?」
「いや……、未だ意味が分からなくて、な。」
「それじゃあ、これを渡したら、分かる?」


エプロンのポケットから取り出した小さな小箱を、テーブルの上を滑らせて、俺の元へと押し遣るアリナー。
白い箱に緑のリボンとなれば、明らかにプレゼントのように見えるのだが……。


「今日、誕生日よ。アイオリアの。忘れちゃった?」
「っ?! そ、そうだったか?」
「そうだったか、じゃないでしょう。忘れないでよ、自分の誕生日くらい。」


とすれば、この花を育てたのも、このプレゼントを用意したのも、俺の誕生日を祝うために、か。
ゆっくりとリボンを解いて、箱を開ける。
中身は時計だった。
俺が新しい時計が欲しいと言っていたのを、アリナーは覚えていたのだろう。


「ありがとう、アリナー。」
「こちらこそ。今日という日をお祝いさせてくれて、ありがとう、アイオリア。」
「そのお礼は変じゃないか?」
「そう?」


クスクスと笑って、サンドイッチに齧り付くアリナーの仕草が、二人の間に飾られた花よりも眩しく見えて。
無意識に手を伸ばした俺は、彼女の口の端に付着したトマトの赤い汁を親指で拭い取り、そのまま自分の口へと運んだ。
舌先に触れた自分の指が、妙に甘く感じた瞬間だった。



愛しい君と幸せな毎日



アリナーが傍に居てくれる事。
それが何よりの贈り物だと思った。



‐end‐





ニャーくん、お誕生日おめでとうございました(遅っ!)
これまでの十三年間、ニャーくんが過ごした過酷な日々の事を思うと、どうしても明るくて、ほのぼのした、幸せな日常の話を書きたくなります。
少しの間だけでも穏やかに過ごせる時間があったら良いなぁ、と。
彼のモリモリ筋肉堪能話(笑)を期待されていた方がいらっしゃいましたらスミマセンです;
今の私には、これが限界^^;

2014.08.17



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