息も出来ない



彼女が笑うと息が止まりそうになる。
いや、止まりそうになるのではない。
実際、息が止まるのだ。
それぐらい、その笑顔に見入ってしまう自分がいる。


それが『恋』だと気付いたのは、いつだろう。
自分でも分からないが、いつも絶えないアリナーの笑顔に、引き寄せられるように視線が向いてしまうようになっている自分に、気付いたのと同時だった。


「アイオリア様、どうぞ。午後のお茶です。」
「あぁ、すまない、アリナー。」
「今日はライムソーダに、ミントの葉を浮かべてみました。金牛宮特製のミントです、アルデバラン様に分けていただいたんですよ。」


まさか、わざわざ自分でライムを搾り、ソーダで割ったというのか?
随分と手の混んだものを作ったものだ。
たかが午後のお茶程度、出来合いのアイスティーでも出せば良いものを。


「今日は、いつにも増して猛暑ですから。事務仕事の苦手な黄金聖闘士様でも、暑さを吹き飛ばして、元気いっぱいにお仕事して欲しいんです。」
「そのためには、この程度の労力は厭わないと?」
「勿論です。」


ニッコリ。
満面の笑みを返すアリナーは、まるでどんな面倒な仕事でも、些細な野暮用を頼まれたとしても、その何もかもが楽しいのだと言いたげに笑って、自分の役割をソツなくこなす。
俺には到底、マネ出来ない。
それ故の羨望、もしくは、渇望なのかもしれないな。
アリナーの笑顔に対して感じる、この心の揺らぎ、ときめきは……。


「アリナーは、いつも笑顔だな。」
「え?」
「いや……。」


ボソリと思わず呟いた一言に、小首を傾げて聞き返すアリナー。
眩しいくらいだ、そう続けようとしていた口を、俺は慌てて閉ざした。


「アイオリア様?」
「アリナーは……、仕事が楽しいのか?」
「そうですねぇ。全てがという訳じゃありませんけれど。大変な事も、厄介な事も沢山ありますから。」
「その割には、いつもニコニコしている。」


そう言って見上げたアリナーの顔には、今も消えない柔らかな笑み。
苦手な報告書作成に四苦八苦しながらデスクに向かう俺の横で楚々と立つ、そんな彼女の姿は、とても甲斐甲斐しい。
皆から羨望を受ける黄金聖闘士付きの女官とはいっても、相手は全員、アクの強い奴等ばかりだ。
嫌な事も多いだろうに。
セクハラだって有り得る、デスマスクとか、デスマスクとか、デスマスクとか……。


「嫌な事を、嫌だ嫌だと思ってすると、余計に疲れますから。それだったら、笑ってこなした方が、ね。大した事じゃないって思えますもの。」
「そんなものなのか?」
「そんなものですよ。それに……。」


予期せぬ事が起きて、また俺の呼吸が止まる。
息を飲んだまま、ただ傍らのアリナーを見上げた。
何故なら、彼女の細くしなやかな人差し指が、俺の眉間に触れたのだから。
俺の目線に合わせて屈んだアリナーのまん丸な瞳が、今、俺の目の前で輝いている。


「アイオリア様は表情が険し過ぎます。ココ、いつも皺が寄っていて、怖い顔ばかりしてますし。」
「そ、それはっ……。俺に限った事じゃないだろ。シュラだって……。」
「シュラ様は元々が怖い顔付きなだけで、険しい表情は、アイオリア様程にはしてませんよ。」
「ならば、俺も元が怖い顔なだけ……。」
「アイオリア様は違います。アイオロス様の朗らかな顔を見れば分かりますもの。」
「う……。」


喉を詰まらせて困惑する俺に向かって、アリナーは、またニコリ。
至近距離で見る、この笑顔の威力は、何と凄まじいものか。
息が出来ないだけでなく、目眩まで起こしそうな程に。


あぁ、そうだ。
笑顔の君が傍にいてくれれば、俺も笑顔でいられるのにな。
朝も昼も、そして、夜だってずっと、この俺の傍に……。


「何か言いましたか、アイオリア様?」
「いや、何も。」



その笑顔に夢中な自分



相反するものに惹かれるのが人間の性質だというのなら、俺がアリナーに惹かれたのは、まさに必然だったのだろう。
自分にはない、その笑顔を、この手に入れたいと望むのだから。



‐end‐





獅子月間に間に合いませんでしたが、何とか気力で書きましたなアイオリャー。
出来の悪さには目を瞑ってください。
そして、結局はリアも、ただのムッツリさんだとかいう(苦笑)

2013.08.25



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