「アイオリアッ!」
「っ?! アリナーっ?!」
「よ、アリナー。おはよ。」
「おはよう、アリナー。」
「おはよう、ミロ。カミュも。」


アリナーが教皇宮まで上がってくるなんて珍しい。
しかも、先程、獅子宮の前で見送りしてくれたばかりだというのに、何かあったのだろうか。


「どうした? 何かあったのか?」
「うん、コレ。渡し忘れたから、慌ててアイオリアの後を追ったんだけど、追い付けなくて、結局、ココまで上って来ちゃった。」


少し荒いままの呼吸でそう言って、アリナーが差し出したのは小さなバスケット。
中からは何やらフワリと良い匂いが漂ってくる。


「うわ、手作り弁当じゃん。良いなー、俺もアリナーみたいに気の利く彼女がいればなぁ。毎日、幸せいっぱいだろうな。」
「ありがと、ミロ。お世辞でも嬉しい。」
「お世辞じゃないって。本気で思ってるから。」


バスケットの中は、今朝、彼女が焼いたばかりのコンガリ小麦色したパン。
真っ赤なトマトと新鮮なレタス、オリーブ、フェタチーズのホリアティキサラダ。
それと香ばしい匂いを漂わせるグリルチキンを一口大に切り分けたもの。
視覚からも嗅覚からも刺激を与えられ、先程、朝飯を食べたばかりだというのに、また腹が鳴りそうになって、慌ててグッとそれを堪えた。


アリナーは、いつも俺の好みを熟知し、美味い料理を振る舞ってくれる。
だが、実は『そこ』が少し気に掛かっているところでもあるのだ。
果たして『コレ』は、俺の好みに合わせて作っているものなのだろうか、と。


「アリナー。今日も兄さんのところへ持って行くのか?」
「あ、これ? そうよ。最近、急がしくてマトモな食事も出来てないって、この前、言っていたから。」


俺が指差したのは、アリナーがもう一つ腕に下げていたバスケットだった。
中身は多分、俺に持ってきたのと同じもの。
いや、もしかしたら、もっと豪華で手の込んだものかもしれない。
彼女が俺に弁当を作る日は、必ず、こうして兄さんの分も用意するのだ。
アリナーの言い分では、一つ作るのも二つ作るのも変わりないから、これは『ついで』だそうだが。
しかし、『ついで』は寧ろ、俺の方なんじゃないだろうか。
兄さんの弁当を作るついでに、俺の弁当も……。


「なぁ、アリナー。その……、君は本当に俺で良かったのか?」
「……え? 何、どういう意味?」
「アリナーは、俺よりも兄さんの方が合っているんじゃないのか? 性格的にも、生活的にも。忙しい兄さんには、アリナーのようなシッカリした女性が必要だろう。それに……。」
「それに?」


彼女に先を促されて、言うべきではないと思っていた事まで、口を吐いて零れ出る。
まるで俺の中で何かの堰が切れてしまったかのように。


「年齢的にも、兄さんとの方が釣り合いが取れているだろ。俺みたいな子供の世話をするよりも、兄さんのような大人の男の横にいる方が、アリナーには似合っているような気がする。だから、兄さんの方が好きだとアリナーが言うなら、俺はそれでも良いと……。」
「…………。」


沈黙が気まずい。
そして、俺達の直ぐ側で、事の成り行きを見守っているミロとカミュの視線が、突き刺さるように痛い。
だが、その息の詰まる時間もホンの僅か。
小さく頷いたアリナーが、パッと顔を上げた。


「うん、分かったわ。アイオリアが、そうした方が良いって言うなら、私はそうする。」
「っ?!」


自分から話を振っておきながら、彼女から返ってきた予想外の言葉に絶句する自分。
まさか本当に、こんなにもあっさりとアリナーが認めてしまうなんて。
全身の血が一気に足下まで落ちていく感覚して、背筋をヒヤリと嫌なものが走る。
もしや、これが血の気が失せるという状態なのか。





- 3/4 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -