愛しさ故に



その瞬間、酷く悲しい顔をした彼女。
その暗く翳った表情に、俺は初めての戸惑いを覚えた。


「アイオロス兄さんの事が、好きなんだろう?」


思わず言ってしまった、その一言。
それは言ってはいけない言葉だと分かっていたから、いつも胸の奥に飲み込んでいた筈なのに。
兄さんの傍から俺の元へと駆け寄ってきた彼女に、ついつい愚痴のように零してしまった。


「待って、アイオリア!」


人馬宮の入口で、兄さんと立ち話をしていたアリナーは、満面の笑顔だった。
嬉しそうに、楽しそうに、笑顔が弾けて光の如く発光しているように、俺には見えた。
兄さんといると幸せそうなアリナーの姿は、俺にとっては何とも言えず残酷だ。
痛む胸を隠すように簡単な挨拶だけ済ませて、俺はさっさと人馬宮を後にした。


だけど、良く通る声で俺を呼んだかと思えば、小走りに後を追い掛けて来るアリナー。
立ち止まり振り返った俺は、嬉しい筈なのに、何故か顔を顰めて彼女が追い付くのを待った。


「今日は獅子宮で夜ごはんにしても良い? 勿論、私が作るから。ね?」
「俺の宮で? いつもは人馬宮で食べているのにか?」
「たまにはアイオリアとも食事したいもの。ね、良いでしょ?」
「俺と……?」


アリナーは、いつも兄さんの傍にいる。
少なくとも、俺がアリナーと出くわす時は、必ず兄さんが彼女の横にいた。
アリナーが聖域へと来るきっかけになったのが兄さんなのだから、傍に兄さんがいるのは当たり前と言えば当たり前なのだが。
そう頭では分かっていても、心が拒絶してしまうのは、どうした事か?
アリナーが兄さんと笑い合っている姿を見る度、胸が痛むと同時に、苛々としてしまうのを抑えられないのだ。


「だったら、獅子宮に来るより、人馬宮の夕飯に俺を呼んだ方が良いのではないのか?」
「どうして?」
「その方が兄さんもいるし、良いだろう?」
「アイオロスがいないと駄目なの?」


隣を歩くアリナーは、首を傾げて俺を見上げてくる。
そのあまりに可愛らしい仕草に、俺の苛立ちが最高潮に達した。


「だって、アリナーはアイオロス兄さんの事が、好きなんだろう?」


いつも笑顔を絶やさない彼女にも、こんな悲しい表情が出来るのだと、俺はこの時、初めて知った。
今にも泣き出しそうな、どんよりと曇った雨雲のようなアリナーの顔は、俺をこれ以上ない困惑へと導く。
アリナーとこれからも変わらず接するためには、それは言うべきでない言葉だったのに。
苛立ちに任せて、俺は取り返しのつかない事をしたと思った。


「す、すまん……。」
「何故、謝るの?」
「アリナーが、そんなに悲しい顔をするとは思わなかったから……。」
「そう、そうね……。」


それきり黙った彼女は、俯いたまま俺の横を歩き続けた。
痛い痛い沈黙だった。
この気まずさを断ち切れるなら、走って逃げたいとさえ思った。
横を見れば、俯いて歩くアリナーの後頭部が視界に映る。
ゆっくりと歩くリズムに合わせて揺れる彼女の美しい髪。
それが返って、切ない気持ちを増大させた。


「ね、アイオリア……。」


獅子宮の入口まで来て、立ち止まったアリナーが、やっと顔を上げる。
強い光を宿した瞳が、真っ直ぐに俺を見上げていた。


「どうして私が悲しい顔をしたか、その理由が分かる?」
「……いや、全然。」


俺の答えにハァッと小さな溜息を漏らす。
アリナーは一度、瞳を閉じると、大きく息を吸って、またパッと目を見開いた。


「私が好きなのは、アイオリアだからよ。アイオロスではなく。」


……え?
今、何て?


「聞こえているの、アイオリア? 私がこんな恥ずかしい思いをしてまで、告白をしてるっていうのに、そんな呆けた顔して。」


聞こえている。
聞こえているさ、ちゃんと。
だが、俺の耳は正常か?
自分の都合の良いように、捻じ曲がって聞こえているのではなかろうか?


「……ほ、本当か?」
「嘘吐かないわよ、こんな事。」


刹那、目の前のアリナーが、太陽と同じくらい目が眩むばかりに輝いて見えた。



突然、降り注いだ幸運に、ただ立ち尽くすばかり



「俺も……、俺もアリナーが好きだ。」
「嘘っ?! 本当に?!」
「嘘など吐かん。こんな事……。」



‐end‐





リアにゃんは、この後、夕食と称してヒロインを美味しく頂くかと思います^^
あの(エ)ロス兄さんの弟なので、それなりの素質はあるかと。
素直になれない恋愛物は、リアが一番似合いますね。

2008.05.05



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