指先の誘惑



「あ……、は……。」


堪えたくても堪え切れない微かな嬌声が、唇の隙間から漏れ出る。
その声に煽られて、それまでアリアの身体に滑らせていた手を離し、柔らかな頬を包み込んだ。
熱を帯びて赤く染まった頬は小さくて、俺の手の平の中にスッポリと収まる。


「あれ……、何だろ?」
「ん?」
「デスの手から……、美味しい、匂い……、する……。」
「…………。」


マズッたな、バレちまった。
全ての動きを止めた俺は、チッという舌打ちと共に、身体をアリアの上から退かせて、横にゴロリと転がった。
そのまま俺の胸に凭れたアリアは、何が何だか分からないといった目で、俺を見上げてくる。
その真ん丸な目に、悪気はこれっぽっちもない。


「……ケーキ、焼いたからだろ。」
「え?」
「手から匂いする原因。」
「あ、それで。デスの指から甘い匂いがするのね。」


匂いが残らねぇように、シッカリ手を洗ったつもりだったンだがな。
所詮、つもりはつもり。
何事も意識してやらねぇと駄目ってこったな、一つ反省点だ。


「食うか?」
「え、今?」
「何つーか、やる気、失せたしな。」


ケーキの事がバレちまったせいで、盛り上がってた欲望も一気に萎えちまった。
一回、ブレークタイムでも入れねぇと、気持ちも上がらねぇだろう。
多分、こいつもケーキに気ぃ取られて、俺との行為に集中出来なくなってるだろうし。


「それ、私が食べて良いの?」
「あぁ、オマエのために焼いたンだから、イイに決まってる。」
「じゃあ、今直ぐ食べちゃおう。」


床に散らばっていたシャツを羽織り、嬉々としてキッチンへと向かうアリア。
本当は明日の朝、アリアの目の前に差し出して驚かせる予定だったンだが。
俺とした事が、指先にケーキの甘い匂いを残しちまうなンて些細で阿呆なミスをしてしまったせいで、全部ぶち壊しだ。
自分自身に呆れの溜息を零し、ノロノロとベッドの上に置き上がった。


指先の甘い匂い、か……。
無意識に、自分の指を鼻先に近付けた。
仄かに香るのはバニラの匂い。
バニラオイルを入れた時に、俺の指にも掛かってしまったンだろう。


そして、その指からは、バニラとは別の甘い匂いもしていた。
先程まで探っていたアリアの、身体から流れる甘い蜜。
それはバニラと混じり合い、より淫らな濃密さで、俺の鼻の奥を擽った。
瞼を閉じれば、そこにチラつくのは、アリアの白く華奢な身体。
熱い吐息と、漏れ出る喘ぎ。
そんな姿を思い出すだけで、一度は萎えた心と身体が、再び熱を持つ。


「デスー! ケーキ、切ってー! 私が切ったら、グチャグチャになりそうー!」
「あー、分かったから、それ以上は触ンなよ!」


強請るアリアの甘えた声が俺を呼ぶ。
俺はグシャリと前髪を掻き毟ってから、返事を叫んだ。
今の俺は、ケーキどころじゃねぇってのに。
余裕はねぇが、だからといって、アリアの楽しみを奪う訳にもいかねぇ。


そうだ、少しの我慢だ。
ホンの少しの我慢の後には、更に楽しくて気持ち良い時間のお出ましさ。
ケーキなンかよりも余程甘い時を、この身体と、この指先で、オマエに与えてやるよ。
最高に甘美で淫靡で贅沢なプレゼントとしてな。



それは甘さ倍増しの夜



‐end‐





蟹月間が過ぎてしまいましたが、何とか蟹夢を一本追加です。
ホンの少しの色気と、ホンの少しの甘さと、ホンの少しの食い気をミックスしてみたら、こんなものになりました(汗)
もっと蟹さまをセクシーにしたかったなぁ、残念。

2020.07.23



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