夕焼けの十二宮にて



物覚えの悪ぃ候補生のガキ共を宿舎へと追い返すと、俺は帰路に着いた。
陽の長い初夏、まだ空は青く、明るい景色の中を黙々と進む。
だが、広過ぎる程の聖域の敷地の中で、川を渡り、森を抜け、やっと十二宮に差し掛かった頃には、陽も大きく傾き始めていた。
見上げる十二宮は夕陽に染まり、黄金色の景色の中を、足早に階段を上っていく。


「……アリア?」


途中、見上げた先に見つけたのは、トボトボと進むアリアの後ろ姿だった。
その丸まった背中だけでも、落ち込んでいるのが目に見えて分かる。
ガックリと肩を落とし、うっかり階段に躓きでもしたら、そのまま手にした荷物ごと、階段を下まで転げ落ちてしまいそうな、そンな力ない様子で。


「よぉ、アリア。なした?」
「デスマスク様、候補生の訓練は終わったのですか?」
「あぁ。オマエは買い物の帰りか?」


コクリと頷く表情は、やはり浮かないままだ。
これから楽しい夕飯の時間だってのに、何がそンなに気に食わないのか。
その手から食材の詰まった紙袋を奪い取ってやったが、アリアは小さく「ありがとうございます。」と言っただけで、また俯いてしまう。
そのまま並んで歩いていても、一言も声を発せず、その辛気臭ぇ空気に俺の苛立ちも積もってくる。


「オイ、コラ。何をそンなに落ち込ンでやがんだ、オマエは?」
「それは……。」
「とっとと言っちまった方が楽だぞ。ンなウジウジされてると、見てる俺の苛立ちが増すわ。」
「す、すみません……。」


夕陽に赤く染まったアリアの顔が、焦った様子で俺を見上げた。
が、目が合うと直ぐに、また俯いてしまう。
何か俺に言えないような悩みでも抱えているのか。
もしくは、俺には言いたくない類の事か。


「あ、あの、ですね……。カレーを……。」
「あ? カレー?」
「その……、今夜はカレーにしようと思っていたのです。それで食材を買い揃えて、戻ってきたのですが……。その途中で、カレー粉を買っていない事に気が付いて、それで……。」


まさか、その程度の事で、あンなに落ち込んでたってのか?
カレー程度で、今にも階段を転げ落ちそうなくらいいフラフラになるか、普通?


「だ、だって! 今夜はカレーだと決めていたのですもの! 今更、他のメニューにしようと思っても、何も浮かばないんです!」
「オマエね。カレーの食材を買ってンだったら、シチューにでもすりゃイイだろ。その程度の機転も利かねぇのか?」
「シチューですか……。でも、こんな暖かな日にシチュー?」


言われてみりゃ、そうなンだがな。
黄金色の高い空を見上げれば、到底、シチューなンて食う気にはなれねぇ。
額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、仕方ねぇと舌を鳴らす。


「アリア。ちょっと、そこで待ってろ。」
「……え?」


言うが早いか、荷物を再びアリアの手に押し込み、俺は階段を駆け下りた。
向かった先は白羊宮。
俺達が居た場所からは、直ぐ下の宮だ。
目的のものを手に入れると、トンボ返りで階段を駆け上がる。


「オラ、よ。コレでイイだろ?」
「カレー粉……。デスマスク様、これは?」
「ムウんトコで借りてきた。明日にも、新しいの買って返しとけよ。」
「は、はいっ。」


途端にパッと顔が明るくなるアリア。
まるで今、俺達を黄金色に染めている夕陽のように眩しいクシャクシャ笑顔で。


「ふふっ。」
「なぁに笑ってンだよ、オマエは。」
「だって、これで美味しいカレーが食べられるなって思って。」
「アホか。オマエのカレーじゃ美味いには程遠いンだよ。」


言えば、口を大きく開けて驚いた顔をした後、プウッと頬を膨らませる。
紙袋を俺の腕に押し付けると、アリアは先に立って階段を駆け上がっていった。
クルリ、振り返って見下ろす顔は、未だ頬が膨れている。


「だったらデスマスク様が作ってください。本当に美味しいカレーを。」
「イイぜ。あまりの美味さに腰抜かすなよ、アリア。」
「カレーなんて誰が作っても同じですよ。絶対に腰なんて抜かしません。」
「言ってろ。一口で足腰立たねぇようにしてやる。」


ニヤリと笑いながら、その後を追い駆けた。
さて、と。
アイツが本気で腰を抜かすくらいの絶品カレーってモンを作ってやるか。
へっ、あまりの美味さに驚くアリアの顔が、今から楽しみだぜ。



夕暮れに響く笑い声



‐end‐





蟹氏とカレー。
今夜の我が家はカレーの予定だったので、美味しいカレー食べたいと唱えながら書きましたw
蟹氏のカレーは一口でヘロヘロになる程に美味だと信じていますwww

2014.05.25



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