夜明けの途中



目が覚めると、隣にデスの姿はなかった。
夜が明けるか、明けないか、そのギリギリの薄闇の中で目を凝らす。
だが、彼が横たわっている筈のベッドの上にも、グルリと見回した部屋の中にも姿は見えず、私は夜着の上からカーディガンを羽織り、デスを捜しに寝室を出た。


この暗さは、夜明けの直前といったところか。
夜の闇をホンの少しだけボヤけさせる淡く白んだ空気の色。
世界は深い眠りの中にあり、静けさだけで満たされている。
不気味なまでに、気配も音もない。
デスは何処に居るのだろう、こんな時間に何処へ行ったのだろう。
見渡す視界の中に、僅かに開いた窓が映った。
バルコニーへと続く窓。
音を立てないように、そっと窓を押して外を見遣ると、そこに求めていた人の姿を見つけた。


「……デス。」
「ンだよ。起きちまったのか?」


声を出すのも憚られる静寂の中、それでも彼の名を呼んだのは、間違いなくデスがそこに居るのだと、幻ではないのだという事を確かめたかったから。
石造りのバルコニーの床に直接、ペタリと座り込んだデスの姿は、透けて見えそうなくらいに儚く映ったのだ、私の目には。
手元から立ち上る紫煙も、何処か幽玄の光景を思わせる。
だが、彼が声を発した刹那、夢も幻も霧のように消え去り、現実が目の前に拓けていた。


「オマエに気付かれねぇように、コッソリ出てきたつもりだったンだがな。」
「出て行った音に気付いた訳じゃないわ。」


ただ感じてしまっただけ。
眠っていても、隣からデスの温もりが消えた事を感じてしまった。
彼は片眉を軽く上げ、手にした煙草を唇に運んだ。
フーッとゆっくり吐き出した煙が、薄灰の景色に沈むデスの身体を柔らかに包んでいく。
一服したくなったのだろうか、だからココに?
でも、わざわざバルコニーに出る必要なんてない、いつものようにリビングで吸えば良いだけの事。


「なンとなく、空が見たかったンだよ。」
「……空? 随分と感傷的なのね。」
「デスマスクのクセに感傷的になりやがって、とか何とか思ってンだろ、どうせ。」
「いやいや、そうじゃなくて……。」


珍しいなって思っただけ。
一人でボンヤリするのは、寧ろ私の方が多い。
デスが考え事をしているのは多々あるけれど、何も考えずにボンヤリしている事は滅多にない。
だから、今の彼の様子は、とても珍しくて驚いてしまった。


「忙しくてボンヤリする時間がねぇってだけだ。俺だって暇さえありゃ、もうちっとボーッとしててぇよ。」
「そうなの?」
「そうなのって、オマエ。今更、何言ってンだ。」
「オマエじゃなくて、ミカよ。」
「しつけぇよ。」


デスはチラリと私を一瞥して、また直ぐ煙草に集中する。
時間を掛けてゆっくりゆっくり、噛み締めるように味わっている。
私はその横にペタリと座り、そんなデスの姿を眺めていた。
薄灰色の明け方の世界で、立膝姿で寛ぎ、煙草をくゆらすデスは、まるで絵画のようで、とても素敵に見えた。


「寒くねぇのか……、ミカ。」
「大丈夫。デスは?」
「平気だ。」


あ、名前で呼んでくれた。
こんなに直ぐに呼んでくれるなんて珍しい。
いつもは、じゃれ合いみたいな言い合いに持ち込んで誤魔化すのに。
今日は珍しい事ばかりだ。





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