***



――ドンドンドンッ!


夕食を終えた午後の時間。
執務に疲れてヘトヘトだった俺は、最初、そのノックの音を無視して、夢の中の世界を満喫していた。
だが、執拗に続けられ、一向に止む気配のないノック音。
しかも、徐々に強く早くなっていく。
仕方なく、渋々目を開けた俺は、ノッソリとソファーから身体を起こし、部屋のドアを開いた。


「貴様。何故、直ぐにドアを開かないんだ。そんなに私の薔薇の餌食になりたいのか?」
「……やっぱりテメェか、アフロディーテ。」


この諦めの悪い執拗さ。
俺が絶対に部屋の中に居ると確信し、かつ、寝かせる気も、休ませる気もサラサラない自己中さ加減。
絶対にそうだと思ってドアを開けたが、やはりというか、思った通りにアフロディーテの野郎がソコに居て、女みてぇな顔を歪ませ、ふんぞり返っていた。


「こんばんは、デスさん。ハッピー、ハロウィン!」
「あ? オマエも居たのかよ、飛鳥。」
「本当は一人で十二宮を下るつもりだったんです。でも、私一人じゃ危険だって、ディーテが一緒に来てくれたの。」


そう言った飛鳥の姿を見れば、真っ黒な三角帽に、真っ黒なローブ、手には林檎の入った籠を下げ、まるで白雪姫に出てくる魔女のような出で立ちだ。
一方、横のアフロディーテは、長い髪を黒いリボンで一つに纏め、白いシャツの上には襟の高い真っ黒なマントを羽織っている。
口元にチラと覗く牙から察するに、吸血鬼の仮装といったところか。


「で、魔女と吸血鬼が、俺になンの用だ?」
「それは勿論、今日はハロウィンですから。えっと……、はい、コレ。」


飛鳥は林檎の籠とは別に、腕から下げていた紙袋の中をゴソゴソと漁り、そこから取り出した小さな包みを俺の手の中に押し込んだ。
一体、何事かと、飛鳥とアフロディーテを交互に見遣れば、目を細めた吸血鬼が楽しそうに口の端を吊り上げている。
ディーテの野郎のこの顔……、嫌な予感がしやがる。


「はいはい、デスさん。お菓子を食べなきゃ、悪戯しちゃうぞ!」
「オイ、待て。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、の間違いじゃねぇのか。」
「馬鹿を言え、蟹が。パティシエの飛鳥が、他人からお菓子を無心などするか。飛鳥の役目は、お菓子を渡す方だ。そして、それを美味しく食べる姿を見守る方だ。」


つまりは、俺がこの包みの中身を食うのを見届けるまでは、ココから立ち去る気はない、と。
だったら、とっとと食っちまえばイイだけの事。
中身がなンだか知らねぇが、飛鳥の作る菓子だ、間違っても味に問題はないだろう。
だが……。


「……オイ、コラ、テメェ。なンてモン、作ってやがンだ。」
「だって、ハロウィンと言えば、お化けとかモンスターでしょう? まさに、これしかないと思って。」
「だからってなぁ、オマエ! クッキーで死仮面を作ンじゃねぇっ!」


包みを開けて中を覗き込めば、そこにビッシリと詰まっていたのは、リアルにも程がある、死仮面型のクッキー。
以前、コイツが作った和菓子の死仮面にも匹敵する精巧さだ。
これを俺に食えと?
本気で言ってンのか、コイツ?


「食わなかったら、悪戯っつってたな。どンな悪戯する気だ?」
「それは、勿論……。」
「吸血鬼に血を吸われるのさ。この白薔薇が、貴様の心臓からタップリと血液を吸い尽くす。フン、良い気味だな。」
「テメェ! それは悪戯じゃねぇだろ! 俺を殺す気か?!」
「飛鳥の作ったクッキーを食えないような奴は、死んで当然だ。」


この腐れ魚が!
どンだけ飛鳥に心酔してやがる?!
目ぇ覚ませ!
オマエがどンなに傾倒しようと、ソイツは山羊の女だ!
想いは一生、報われねぇぞ!


「そういや、さっき、下ってるって言ったか? て事は、十二宮の他のヤツ等にも、この死仮面クッキーを配ってンのか?」
「そうですよ。」
「当然って顔してるが、飛鳥。まさか、どいつもこいつも平気で食いやがったってンじゃねぇだろうな。」
「まさかじゃなくて、当然だと言っているだろう。頭の弱い蟹だな。黒薔薇に脳味噌を食われてみるか?」


ガッデム!!
皆、飛鳥の背後で白薔薇を構えるアフロディーテに恐れをなして、泣く泣く食ったに違いねぇ。
俺は、このグロテスク極まる死仮面クッキーを既に食ったであろう上の宮の住人と、これから食うであろう下の宮の住人に、心の中でだけ哀れみの言葉を投げ掛けて、震える指で摘まんだクッキーを、一気に口の中へと放り込んだ。





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