獅子と和服の謎



「あ〜、もう! 春だってのになぁ。楽しい事が何もないなんて!」


春の日の昼下がり。
教皇宮へと向かう途中、天蠍宮でミロに引き止められた俺は、何故か延々と愚痴を聞かされていた。
しかも、俺にとっては、どうでも良い話題で。


「そもそも、聖闘士が楽しい事がないなどと口走っている事自体が、間違ってると思うが……。」
「少しぐらいは良いだろ。俺達、聖戦の時には、あんなに頑張ったんだからさ。一回、死んじまったんだし。ちょっとくらい楽しい事を望んだって、罰は当たらないって。」


ボリボリと目の前に積まれたクッキーを食べ、美味いと言っては、また摘む。
それを繰り返しながらも、ミロの話は止みそうにない。
クッキーは多分、飛鳥の作ったものだろう。
部屋には甘く良い香りが漂っている。


「で、何がそんなに不満なんだ?」
「彼女だよ、彼女! お前も彼女が欲しいだろ、アイオリア?」
「彼女……。」
「そう、可愛い彼女! 天気の良いこんな春の日に、一緒にデートする彼女!」


手作りの美味しい弁当とかスイーツとか持参で散歩に出て、何処か景色の良い木陰で、それを広げるんだよ。
そう力説して、ミロはまたクッキーを口に放り込む。
食べるか、愚痴を言うか、どちらかにすれば良いものを。
ポロポロとクッキーの破片が零れ落ちているのが、先程から気になって仕方ない。


「何で、あんなエロくて甘い物が好きなだけの山羊に、飛鳥みたいな可愛い彼女がいて、俺に彼女が出来ないんだ? 寧ろ、何で飛鳥はムッツリ甘党山羊と付き合っているんだ? 何で飛鳥の彼氏は俺じゃないんだ?!」
「それは仕方ないだろう、飛鳥の好みの問題だ。」
「おかしい! 絶対におかしい!」


結局、ミロが望んでいるのは『彼女』ではなく、『飛鳥と付き合う権利』のようだ。
シュラがいる限り、それは無理な話であって、ミロがどんなに愚痴を吐こうが何をしようが翻る事はない。
しかし、シュラのみならず、ミロやアフロディーテまでも、何故、そんなに飛鳥が良いのだろう?
確かに可愛らしいとは思うが、特にという訳ではないし、それ程に人を惹き付けるという事でもなさそうだし。
俺の印象では背が低くて、小柄で、小さくて、細くて……。


「それ、全部合わせても『小さい』って印象だけじゃん。もっとあるだろう? 可愛くて、ホワンとしてて、いつも前向きで、見ていて癒される。」
「うーん……。」
「兎に角、可愛いんだ。でも、キモノを着た時は、しっとりと大人びて、急に色気が滲み出る。そのギャップがまた良いんだよなぁ。」


キモノ?
日本人とはいえ、この聖域でキモノを着る事があるのか?
ミロが見たというのだから、着ている事もあるのだろうが……。


「しかし、キモノで色気が出るとは、どういう事だ? チャイナ服のように体型にフィットするとか、スリットが色っぽいとかじゃないだろう? キモノは体型も分からないし、露出も減るし、色気と繋がるとは思えんが?」
「どうしてかは分からんが、兎に角、色気は増すんだって。『しとやか』って言うのかなぁ。和服は良いよ、うん。」


正直、俺には良く分からん。
頭を傾げていると、宝瓶宮に寄ってカミュにも聞いてみろよと、ミロに言われた。
どうやら二人で一緒に居る時に、飛鳥のキモノ姿を見たらしい。
急いで教皇宮に行かなきゃいけない理由もないし、俺は「そうしてみよう。」と言って、天蠍宮を後にした。





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