翌日の事だった。
執務なんざかったるい、そう思いつつ教皇宮の廊下をダラダラと歩いていると、前方から俺の姿を見つけたアイリーンが、小走りに駆け寄ってきた。
昨日と良い、今日と良い、俺はコイツに縁があるのだろうか。


「デスマスク様、昨日の頭痛は治りましたか?」


クリッとした丸い目で見上げてくるアイリーンの仕草に、またもやドキッと跳ね上がる俺の心臓。
全く、昨日からどうした。
俺の心は完全に、コイツにヤられちまったようだ。


「大丈夫だって言ってンだろ、昨日から。風邪でもねぇし、何ともねぇよ。」
「良かった。心配だったんです。」


自分でも、酷くぶっきら棒な言い方だと思った。
だが、何でかコイツに対してだと、ついつい、こンな言い方になっちまう。
だが、そンな俺の冷たい言葉を気にもせず、アイリーンはニッコリと笑い掛けてきた。
鈍いのか、コイツは……。
それとも、俺をこういうヤツだと分かっていて、気にしないだけなのか……。


そのまま、アイリーンは俺の隣を並んで歩き出した。
特に会話は無かったが、不思議とコイツの隣は居心地が良かった。
俺はそのまま、ずっと隣を歩いていたいとさえ思い始めている事に自分でも気が付き、思わずブンブンと首を振る。
隣が気になり、チラリと横を見ると、俯いて歩くアイリーンの横顔が、心なしか赤く染まっているように見えた。


――いや、まさか気のせいだろ?


まさか、そんな筈はないよな。
昨日の一幕を思い返せば、コイツが好きなのはアイオリアだ。
しかも、シュラにだって言い寄られてるみてぇだしな。
そンだけ黄金聖闘士とアレコレあるなら、俺みてぇな素行の悪い男、眼中にない筈……。


って、あぁ、そうだ。
アイオリアだ、アイオリア。
アイツの事をどう思っているのか、今、ココで聞いちまうのも悪くない。
聞いてしまえば、余計な期待もなくなる、そうすりゃスッキリするってモンだ。


俺はもう一度、アイリーンの横顔を見遣った。
俯き歩くその横顔は、やはり僅かに赤く染まって見える。
だが、モヤモヤしてンのは性分じゃねぇ。
俺は決心をすると、アイリーンにその事を聞くべく、おもむろに口を開いた。


「……なぁ、アイリーン。」


静かに、その名を呼ぶ。
すると、パッと顔を上げたアイリーンの、俺を見つめる瞳がキラキラと輝いているように見えた。


「オマエってさ……、アイオリアの事が好きなワケ?」


短い、その一言。
それだけで、その目の輝きが一瞬で消え失せた。
赤く染まっていた頬が、今度は青褪めた色に変わる。
立ち止まったアイリーンは全身が硬直し、その手は女官服のスカートをギュッと固く握り締めていた。
見開かれた瞳は、驚きと戸惑いが混じった色にくすみ、俺を睨み付けるように見上げている。


「ち、違います! な、何でそんな事、仰るんですか?!」
「何でって、なぁ……。オマエの態度が、そんな風に見えたからだろ。」


だが、今のコイツの様子を見ていると、俺の勘違いだったのでは? とさえ思える。
好きな男を言い当てられた女が取る態度、それとは明らかに違っているンだからな。
ならば、あれは一体、どういう意味だったのだろう。
唇を噛んだアイリーンが、悲しげな眼差しで伸ばしてきた手。
それが、縋るように俺の腕を握り締めた、その時。


――コツコツコツ……。


耳に響いてきた、静かな足音。
そして、廊下の向こう側から、ゆっくりと近付いてくる人影が見えた。





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