「ご馳走さま。美味かった。」
スープを全て飲み干して、キュッと閉められるマグボトルの蓋。
お弁当箱の中のサンドイッチも全て完食、レタスの欠片一枚すら残っていない。
「これで後数時間、頑張れる。ありがとう、鮎香。」
「お礼なんて……。私が勝手に持ってきただけなのに。」
「それでも、感謝する。こうして鮎香が俺を気遣ってくれるのが、何より嬉しいんだ。」
素早く手首を捕まれ、グッと引き寄せられた。
何事かと理解する前に、視界はシュラの端正な顔で一杯になり、唇が彼の唇で塞がれていた。
食事を終えたばかりだからか、彼の唇は温かだった。
一度、ゆっくりと離れ、それから、どちらからともなく、再び唇を触れ合わせる。
今度は深く、その内側まで探るように貪欲に。
生温かな舌が絡み合い、食べたばかりの香ばしいローストチキンの味が、口移しに伝わってきた。
「ふ、あ……。」
「そんな反応をされては、今直ぐにでも押し倒したくなるな。」
「っ?!」
「フッ、冗談だ。」
優しく頬を撫でられた後、今度はその頬に軽いキスを一つ。
こういう時だけは、シュラがラテン系である事を痛感させられる。
色っぽい言葉の混じる会話の一つ一つ、その全てが嘘か本当か分からない程に色気と艶を含んでいるのだから。
「外は既に真っ暗だ。人気も少ない。気を付けて戻れよ、鮎香。」
「うん、分かっているわ。」
「俺も、なるべく早く済ませて戻る。そしたら、続きをベッドでゆっくり……、な。」
昨夜は彼が任務から戻ったばかりで疲れ果てていたせいもあって、愛を交わす事もなく、朝までグッスリと眠った。
だからだろうか、今のシュラは、溜め込んだ欲求に、瞳がギラギラと燃えているようにも見えた。
「こんな書類、とっとと終わらせて、早く鮎香を抱きたい。」
「ば、馬鹿っ。」
「本心だ。目一杯に堪能して、朝まで愛し合いたい。」
「わ、私っ。もう帰るからっ。」
それ以上、シュラの言葉がエスカレートする前に、慌てて執務室を飛び出す。
もうっ、あんな事を言い出すなんて、他に誰も居ないといっても大胆過ぎるわ。
まだ心臓がバクバクしている。
パタンと扉が閉まると同時に、ホッと息を大きく吐き出す。
だが、その扉の横、暗い廊下の壁に寄り掛かって、腕組みして立っている人の姿を見た時には、口から心臓が飛び出すかと思う程に驚いた。
一度は治まり掛けた心臓の鼓動が、再び早鐘を打ち出す。
「さ、サガ様っ?!」
「しっ。あまり大声を出すと、中のシュラに聞こえる。私は何も『知らない』方が、都合が良いのだろう?」
どのくらい前からココで聞いていたのか分からないけれど、確実にシュラと私の関係は知られてしまった。
それなのに、付き合いを公表していない理由を問い質しもせず、知らぬ振りをしてくれるという。
「サガ様は、どちらに?」
「シャワーを浴びてきたのだが、戻ってみれば、中に入っていける雰囲気ではなくて、少し困ってしまってな。」
「す、すみませんっ。」
「気にしなくても良い。聖闘士とて人間、恋をするのも当然だ。しかし、鮎香の相手が、私じゃなかった事だけが、非常に残念だが。」
そう冗談めかして笑ったサガ様は、私の髪を軽くクシャッと撫でた後、何事もなかったかのように執務室へと姿を消した。
これぞ大人の余裕というのだろうか。
私は暫く呆然としたまま、その場に立ち尽くしていた。
うたた寝する貴方の可愛さ
(それは私だけが知る顔)
‐end‐
うたた寝する山羊さまに悪戯したい、という思いだけで書きました。
でも、直ぐにERO気たっぷりの仕返しをしてくるのが山羊さまだと思いますw
2014.04.06