12.奪いたい



僅かに髪を揺らす程度の風でも、妙に熱の高い頬には、涼やかで心地良い。
逸る心音は常よりも早いリズムで胸を打ち、今か今かと彼女が姿を現すのを心待ちにしている自分。
落ち着かない、この気持ちが顔には出ていないかと、柄にもなく不安にもなる。
いや、他の誰の目も届かない状況、鮎香しかいない、この場所なら、何が顔に出たって問題はない、か……。


抑え切れない笑みが、フッと口元に浮かんだと、ほぼ同時。
このテラスと廊下を仕切るガラス戸が、カラカラと微かな音を立てて開けられた音が響いた。
鮎香が来たのだ。


「……本当ですね。風、気持ち良い。」
「あぁ。火照る頬には、特に、な。」


静かに俺の元へと歩み寄ってきた彼女が、吹き付けた風に目を細める。
灯りの少ないテラスでは判別し難いが、その頬は未だ薄らと赤らんでいるように見えた。
意識するより先に腕が伸びて、その片頬を包み込む。
驚きで目を見開き、俺を見上げてくる鮎香の漆黒の瞳。
それは夜空の下で、艶やかに潤いを湛えている。


「シュラ、様……。」
「ん?」
「あの、手……。」
「あぁ、これか。俺と鮎香、どちらが熱を持っているのかと思ってな。」


一度触れてしまえば、離せなくなる手。
包み込んだ鮎香の頬の熱も、どのくらいの熱さか分からなくなる程に、自分の身体の熱が上昇していた。
彼女が困惑しているのは、その表情を見れば分かる。
それでも離し難い手は、意識よりも先に動き、その頬に触れたまま、そっと親指の腹で、鮎香の目の下をスッとなぞった。
ビクリ、身体の震えすら伝わってくる。


「あ……。」
「擽ったいのか?」


コクリと素直に頷く鮎香。
その偽らない心が、可憐に赤く染まる肌が、恥ずかしげに俯く視線が。
目に映る彼女の何もかもが愛おしい。


もう、これ以上は無理だ。
この気持ちを心の内に抑え込むのは。


鮎香が聖域に来てから、ずっと胸の奥に押し込み続けてきた、溢れるこの想い。
好きだと伝えたくて、瑞々しい唇を奪いたくて、匂い立つ肢体を抱きたくて、恋人として傍に居たくて。
彼女を奪いたい衝動が、いつもこの心と身体を支配していた。
だが、積極的なアピールを苦手とする鮎香を、ミロやアイオリアのように怖がらせたくはない。
ジッと我慢に我慢を重ね、彼女の心が少しずつでも自分に向けばと、辛抱強く鮎香と接してきた、この一年。


「っ?! シュラ様?!」
「鮎香……。」


頬に触れていた手を離したと同時。
今度は鮎香の身体全てを、腕の中に閉じ込めていた。
誰もいない夜のテラス、邪魔が入る心配もない状況。
この機会を逃してしまったら、次の機会がいつ来るのか分からない。
それ以上に、その機会が訪れるのかすら怪しい。
そう思えば、急いた心と身体が多少、強引でも良い、鮎香を抱き締めようと動いたのは、至極当然の事だと言える。


そんな事をゴチャゴチャと考えるよりも、だ。
俺は兎に角、鮎香が欲しかった。
彼女を抱き締めたかった。
ただただ、それだけだった。





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