03.指先



そこは教皇宮の中でも一際静かな場所――、の筈だった。


古い記録や書籍、沢山の資料ファイルが管理されている教皇宮の中央書庫。
膨大な聖域の歴史が詰め込まれた、まさに『記憶と記録の中枢』といえるそこで、俺はじっくりと時間を掛けて調べものをしていたのだが……。
つい先程から、それを何度となく邪魔されて、俺は酷く苛立っていた。


書棚を挟んだ向こう側から聞こえてくるのは、数人の女官達の声。
気にせず集中しようと思えど、キャアキャアという甲高い女の声は静かな空間では妙に響き渡り、それが癇に障って集中どころの話ではなくなるのだ。
大方、誰もいないからと声を潜める事すら怠っているのだろう。
まさか書棚の反対側で、俺が調べものをしているなどとは考えてもいないに違いない。


全く、近頃の女官はそんな輩ばかりで嫌気が差す。
人の目が届く範囲でだけ完璧を装い、だが、頭脳も性格も中身が全く伴っていない、見た目ばかりを気にする派手な女達。
確かに、見た目も印象としては大事かもしれないが、中身が何もない空っぽの状態ならば、そんな華やかさも意味がないだろう。
少なくとも、俺から見れば、そんな女には興味など湧かない。


「はぁ……。」


結局、いつまで経っても終わりそうにない、女共のお喋りの声に耐えかねて、俺は書庫を後にした。
大きな溜息だけを、後に残して。



***



「どうしたのですか、シュラ様? 何だか、酷くお疲れのように見えますが。」


俺が逃げ込んだのは執務室横の資料部屋。
コピー機や裁断機などが置かれていて、女官達が資料の作成などで頻繁に利用している場所だ。
他の女官が書庫でサボっていたとするなら、ココにはきっと鮎香しかいないだろうと思って来てみれば、案の定。
彼女は一人、黙々と明日の会議資料を作っていた。


「書庫で調べものをしていたのだが、女官達の声が煩くてな。」


嫌気が差して逃げてきたと言えば、鮎香はホッチキス留めをする手を止めずに、苦笑いを零した。
それと同時に、耳に掛けていた彼女の髪がハラリと落ち、その流れる髪に目が奪われる。
サラサラと真っ直ぐな彼女の髪は、漆黒の絹糸のような光沢があり、触れてみたいと思わせる艶やかさを持っていた。


「書庫? そんなところでサボってたんですね、彼女達は。」


これだけの量の仕事を一人で押し付けられたにも係わらず、怒っているそぶりもなければ、苛立った様子もない鮎香。
彼女は、ただ呆れたふうに苦笑いを浮かべたままだ。





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