カタリと小さな音が聞こえた気がして、私はダイニングのドアから顔を出してリビングを覗いた。
昼食の準備にすっかり夢中になっていて気付かなかったが、いつの間にやら戻っていたのか、シュラ様がリビングテーブルの真ん前に立っていた。
身を屈めて何かに触れているようだけど、あれは……。


私が買ってきた山羊のぬいぐるみだ。
それの頭に手を乗せて、なのに触って感触を確かめるでもなく、頭を撫でるのでもなく、そのままの状態で身動きせずに固まっているシュラ様。
何か考え事でもしているのかしら?
まるで、さっきの私と良く似た状態。


「シュラ様。おかえりなさいませ。」
「あぁ、アンヌか。ただいま。」


何気ない挨拶。
だが、手は山羊ぐるみの上に乗ったままだ。
そのまま身体を起こすと、彼は両手に一体ずつ山羊ぐるみを持ったまま、何か言いたそうに私をジッと見ている。


「あ、あの、それ……。お嫌でしたら言ってください。私の部屋に飾りますから。」
「アンヌが買ったのか?」
「はい、昨日。シュラ様が見ていないところでコッソリと……。」
「そうか。別に嫌ではない。ココに置いておこう。」


こういう時に限って、彼の無表情から何も読み取れないなんて。
本当にそう思っているのか、私に気を遣って言っているのか分からなくて戸惑ってしまう。
もし迷惑だというのならそれでも良い、別にココに飾って置く事にこだわりはないもの。
可愛いぬいぐるみだから、私のお部屋に飾っても良いと思って買ったものなのだから。


「あの……、どうぞお気遣いなく。嫌なら嫌でも良いのです。」
「別に気など遣ってはいない。こういうものが置いてあっても良いだろう、そう思った。それに、これは俺とアンヌのようにも見えるしな。」
「……は?」
「違うのか? 黒山羊が俺で、白山羊はアンヌ。俺はそう受け取ったのだが。」


いやいやいや。
そんな気で買った訳じゃありませんけど。
寧ろ、その発想がすんなりと出てきたシュラ様に吃驚です。


「そんな滅相もない。」
「どうして、そう遠慮ばかりする。キスもしてるし、俺の裸も見てるし、昨日はベッドにまで行き掛けた仲だろう?」
「シュラ様っ! それ以上は言わないでくださいっ!」


顔も身体も、カアッと全身が熱くなる。
何がどうしてそうなったのか、昨日、シュラ様に抱き上げられて磨羯宮まで戻ってきた時の事。
全身を襲っていた重力と疾風が、やっと止んだと恐る恐る目を開けた私は、リビングではない場所にいる事に驚き、目を見開いて呆然とした。
シュラ様の腕の中に収まったままで。


「シュラ様……。あの、ココ……。」
「ん?」
「どうしてシュラ様の寝室にいるのです?」
「あぁ、スマン。つい、な。」
「つい?」
「このままベッドに押し倒してしまえば良いんじゃないかと思って、気が付いたらココまで来ていた。」


いやあぁぁぁ!
そんな冗談にしてもキツい事を、そんな真顔で、しかもフェロモンたっぷりの視線で見下ろしながら言わないでくださいっ!!


――ジッタバッタ!!


「お、降ろしてくださいっ!」
「暴れるな、アンヌ! 落ちるぞ!」
「落ちても良いです! 襲われるよりはっ!」


危なく押し倒されそうになる寸前で、命からがら(?)逃げ出したけど、あれは本当に危なかった。
シュラ様になら襲われても良いかもなんて、一瞬でも思ってしまった自分の心情的にも危なかった。
冗談とはいえ、あんな事を蒸し返すシュラ様が憎らしい。
そして、本気にしてしまいそうになる自分の弱い心が、もっと憎らしかった。





- 2/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -