9.四日目A



それから数分後。
私は食後のお茶をトレーに乗せて、再びリビングへ向かった。
が、先程にも増して激しく散らかったテーブルの上は、既に物を置けるスペースなどなくなっている。
何をどうしたら小一時間もしない間に、これ程までに物で埋め尽くす事が出来るんですか?
教えてください、シュラ様。


そんな事を考えているなどおくびにも出さず、私は無言でトレーを床に置くと、無言のままテーブルの上を簡単に片付け、それから、おもむろにシュラ様の前にカップを置いて、温かな紅茶を注いだ。
その間、私がせっせとテーブルを片付けている事にも気付いていないのか、黙々と読書(この前、ゴミ山の中から発掘されたカミュ様よりお借りした本が、まだ読み終わっていないらしい)を続けていたシュラ様は、ふわりと立ち昇った紅茶の香りに、やっと顔を上げる。
それは、いつもと同じ食後の一杯。
何処か薔薇の香気にも似た柔らかな香りと、爽やかな渋みがあるのに口当たりはまろやかな紅茶・ディンブラに角砂糖が一つ。


「もう春も終わり近いというのに、まだ夜は冷えるからな。温かな紅茶は身体に嬉しい。」
「この優しい香りのお陰で、心もホッと一息吐けますし、とても癒される気がします。」
「確かに……。」


手にしたカップを傾けて紅茶を一口だけ口に含んだ後、スッと目を細めて私を見るシュラ様。
あぁ、もう!
そんな目で見つめられたら、また心臓が勝手にバクバク鳴り出してしまう。
やっと薄れ掛けていた先程のキスの感触が再び甦り、意思に反して頬が熱くなっていく。


それを気取られないように、そっとシュラ様から視線を外したのだが、自己中街道まっしぐらの彼は、そんな事に気付いていないのか(かなりの高確率で気付いてないのでしょうね)、お構いなしに自分の座るソファーをポンポンと叩いた。
それは「ココに座って話し相手になれ。」という、シュラ様からの決まった合図。
俯いた視界の片隅に映った、その手の動きを見て、私は小さく溜息を吐くと、一旦、キッチンへと戻り、自分のカップを手にしてリビングへと引き返した。


ドキドキと高鳴る心音を忘れようと努力しつつ、出来る限りシュラ様との距離を取ってソファーへと腰を下ろす。
二人掛けの比較的小さなソファーだもの。
間を空けるとは言っても限りがあるのだが、あまりに密着してしまうと、私の心臓が持たない。
だが、露骨過ぎたのだろう、その距離感に抜け目なく気が付いたシュラ様が、ジッとこちらを伺うように見つめてきた。
もう、こんな時だけ鋭いのだから、困ってしまう。


「どうして、そんなに離れて座る?」
「いえ、あの……。そ、そんなには離れてないと思いますけど……。」
「明らかに、無理矢理そっちの端に寄っているだろ。」
「そう、で、しょうか……、ねぇ。」
「……。」


先程とはまた別の意味で目を細め、ジロッと私を見やった後。
シュラ様は無言でカップを手に取ると、空いていた隙間を埋めるようにズイッと私の方へと寄ってドカリと座る。
動けば腕同士が擦れ合ってしまう距離まで詰めると、彼は満足気に私を横目で流し見た。


「な、何故、寄ってくるんですか?!」
「アンヌが離れるからだ。」


私が座っているのはソファーの端ギリギリ、これ以上は動ける余裕がない。
逃げ道があるとすれば、このソファーから下りてしまう事だけど、それは絶対にシュラ様が許さないだろう。
こうなっては覚悟を決めるしかない。
煩い程にバクバクと高鳴る心音を何とか無視出来ないかと、私は手にしていたカップからゴクゴクと紅茶を一息に飲み干し、心を落ち着かせようとした。





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