「すまない。誰かいるか?」


夕方。
六時頃までには帰ってくると言っていたシュラ様のために、キッチンで夕食の準備をしていた私の耳に届いた、男の人の声。
慌ててキッチンからリビングへと出て行くと、そこには見慣れた人が落ち着かない様子で立っていた。


「アイオリア様、こんにちは。」
「あぁ、アンヌ。元気そうだな。良かった。」


巨蟹宮にいた頃は、毎日のように顔を見せていたアイオリア様。
その都度、デスマスク様に「ウゼぇ!」とか言われて追い払われていたけど、懲りずに何度も顔を出していたっけ。


「シュラ様に御用ですか? 今日は任務に出ていて、帰宅は六時過ぎになるかと思いますけれど。」
「いや、その……。別にシュラに用があって来た訳じゃないんだ。」
「え……?」


そう言って視線を逸らしたアイオリア様は、何処か照れ臭そうに金茶の癖毛を掻き毟っている。
男らしくて勇敢で、誰よりも強靭な肉体を誇るアイオリア様も、こうして見ていると何だか可愛らしい。
それは年下だから、というのもあるのかもしれないけれど、それだけではない気もする。


「数日、アンヌの顔を見ていなかったからな。元気にしているかと、慣れない場所で戸惑って、ぐったり疲れ果ててやしないかと、心配で……。」
「それで、わざわざ様子を見に来てくださったのですか?」
「それもあるが、アンヌの顔が見れないと俺が寂しいと言うか……、なぁ。」
「??」
「いや、良い。気にするな。」


俯き逸らしたままでいた視線を戻し、私の肩に手を置いたアイオリア様は、苦笑いに程近い笑みを顔いっぱいに浮かべた。
聖戦以前、彼が笑顔を見せる事は少なかった。
いつもちょっと厳しい顔をして巨蟹宮を訪れては、ただ私の事をジッと見つめて、何処か苦しげな表情をしている事が多かったけど。
辛い闘いを乗り越えて戻って来た今では、アイオロス様にも負けない爽やかな笑顔を頻繁に浮かべるようになった。
それが何故だか分からないけれど、とても嬉しく思える。
彼の歳相応の暖かな笑顔は、女心を擽る力を持っているって事、多分、ご自身では気付いていないのだろう。
勿体ない事に……。


「アイオリア様には、笑顔がとても良く似合います。そうして笑っている方が素敵ですよ。」
「そうか、ありがとう。何だか照れ臭いが……。」
「アイオリア様の笑顔に、心奪われる人も多いでしょう? 女の子達にモテるのでしょうね、やっぱり。」
「べっ、別にモテなくても良いのだ、俺は。そんな必要などない。俺には、ただ一人だけで……。」


何かを言い掛けて、ハッと口を噤むアイオリア様。
そして、何となく気まずそうに私を見下ろす。
だが、私は彼が何を言いたいのか全く分からず、首を傾げるばかりだった。


そんな私に対してか、小さく溜息を吐いたアイオリア様。
やはりデスマスク様達の言う通り、私は鈍いのだろうか?
こういう場面で、相手の思っている事を察するのが、私はとてもとても苦手だ。


「アンヌが素敵だと言ってくれれば、それだけで十分だ。」
「そんな勿体ない事を。」


そう返せば、彼は小さく肩を竦めた。
浮かべていた笑顔に、ホンの少し切なさと寂しそうな気配を滲ませて……。





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