――コンコンッ。


「こんにちは、歩美さん。」
「アンヌさんっ。」


訪れた歩美さんの部屋は、午後の光が溢れんばかりに入り込み、明るい色に満ちていた。
それは、この部屋に住まう人の心を、そのまま映し出しているような光景だ。
今日はベッドの上ではなく、日差しのたっぷりと差し込む明るい窓辺の椅子に腰を掛けていた歩美さんは、柔らかな笑顔で私を出迎えてくれた。


「調子はどうですか?」
「とっても良いわ。あと二・三日すれば、またリハビリも再開出来そう。」
「あまり無理をしないでくださいね。」


思わず眉を下げた私に、随分と心配性なのねと言って、彼女はクスリと笑った。
確かに、シュラ様にも心配し過ぎると言われている私だけれど、歩美さんが無茶する性質だと知っているだけに、彼女の行動に不安を覚えてしまうのも仕方ない。
また何か起きてからでは遅いのだ。


「大丈夫、無理はしないわ。そのために、獅子宮には移らないで、ココに残る事を決めたのだもの。」
「驚きました。獅子宮に移らないと聞いて。」
「アイオリアも吃驚してた。」


差し出したオレンジゼリーを受け取りながら、今度は苦笑いを浮かべる歩美さん。
言葉の続きを待つ私を横目に、彼女はゆっくりとゼリーをスプーンで掬い、それを口に運んだ。
美味しい。
そう言った歩美さんの表情が、苦笑いから満面の笑みに変わる。


「自分の性格は、自分が一番良く分かっているもの、ね。」
「…………?」
「獅子宮に移ってしまうと、どうしても焦ると思うから。」


鬼神との一件に片が付き、アイオリア様の謹慎も解けた。
つまり、今の彼は執務当番もあれば、候補生達の指導や夜勤警護、外地への任務に赴く事だってある。
今までのように、ずっと歩美さんの傍に付いている事は出来ない。
自宮を空ける事の方が多くなるのだ。


「なのに、今の私じゃ彼のために何も出来ないどころか、お荷物状態でしょう。少しでも早く彼の役に立ちたくて、焦って無理してしまうのは、目に見えているもの。」
「そうならないために、わざと距離を置こうという事ですか?」
「そうね。身体を万全の状態に戻す一番の近道は、無理をしない事。そのためには、ここでじっくりと、しっかりと、静養するのが最善だと思ったの。」


確かに、その通りだ。
まだ足の不自由な歩美さんに対し、アイオリア様があれやこれやと気を遣い、四苦八苦するのは目に見えている。
そんな彼の様子を目の当たりにして、歩美さんが平静でいられる訳がない。
アイオリア様の負担を減らす為にも、また無茶なリハビリを繰り返すだろう。


「私も、それが一番良い選択だと思います。」
「でしょう。アイオリアは吃驚した後に、不服そうに膨れていたけど、あの人は少しくらい我慢を覚えた方が良いと思うの。」
「我慢をした後は、喜びも一入(ヒトシオ)だと言いますしね。」
「じゃあ、私もその喜びを噛み締めるために、焦らず、無理せず、リハビリを頑張るわ。」


カロンと音がして、ガラス容器の中のオレンジゼリーが綺麗になくなった。
ランチの直後だというのに、嬉しそうに完食してくれた歩美さんの気遣いを有り難いと思う。
そんな彼女のためにも、辛いリハビリの気分転換になるならば、出来るだけココを訪れて、お喋りをする時間を作ろうと決めた。





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