大きな溜息に次いで、白い目が向けられる。
鈍い鈍いと言われ続けている私だが、今は私が鈍いのではなく、デスマスク様の言っている事の方が分かり難いだけだ。
だから、そんなに呆れた顔をしなくても良いのに。


「な、何ですか……。」
「ホンット、鬼のように鈍いな、オマエ。」
「だからといって、そんなに呆れた顔をしくても……。」


デスマスク様の足がピタリと止まる。
場所は双魚宮の直ぐ手前。
磨羯宮を出た時には、ゲンナリするくらいに晴れ渡っていた空は、いつの間にか、どんよりした曇り空に変わっていた。
降り出す気配はないが、気分を下降させる鈍い色が空を覆っている。


「アイオリアはクソ真面目なヤツだ。真っ直ぐで、頭が固くて、融通が効かねぇ。それは周りに対してもだが、自分自身に対しては、もっと強ぇだろう。」
「どういう意味ですか?」
「心変わりが許せねぇって事さ。」


その言葉にハッとする。
アイオリア様の気持ちは、鈍い私でも、そうと気が付く程に明確だった。
あの任務に出る前は、戻った後に伝えたい事があるとも言っていたし。
それが一体、何であったのか、私自身にも容易に想像が出来たのだから。


「クソ真面目なヤツってのはな。決して嫌いになった訳じゃねぇのに、他の女に心動くなンて事はあり得ねぇって、そう考えちまうモンさ。オマエの事が好きなのに、もう一人、別の女も好きになる。しかも、ソッチに対する想いの方が、徐々にオマエに対する想いを凌駕し始めた。そうとなりゃ、色々悩みもするし、自分の本当の気持ちも抑え込ンじまうだろう。」
「だから、アイオリア様は素直になれなかった、と?」
「オマエへの想いが、随分と長く、譲れねぇくらいに強いモンだったから、余計にな。」


私という存在が、アイオリア様の枷になっていた。
彼と歩美さんの間に立ちはだかっていたのは、私。
自分自身はシュラ様の事しか考えていなかったから、アイオリア様の気持ちまでは、そんなに深く考えてはいなかった。
それは申し訳ないとは思うけれど、でも、彼だって薄々は気付いていた筈だろう。
今のシュラ様と私の関係が、どういう状態にあるのかという事くらいは。


「ホラ、みろ。やっぱ責めンじゃねぇか。」
「あ……。」
「例え気付いてたとしても、目ぇ背けてたンだから仕方ねぇだろ。アイツも、スッパリと諦め切れねぇくらいに、オマエが好きだったンだからな。」


そうだ、私はアイオリア様を責められない。
どんなに明らかな事実として、そこにあったのだとしても、私はハッキリと彼に伝えていなかった。
今の私は磨羯宮の女官としてではなく、シュラ様の恋人として、傍に居るのだという事を。


「ま、もう大丈夫だと思うけどな。あンだけ厳しく言ってやったンだ。もうチマチマ後ろを見てる場合じゃねぇし。」
「だと良いのですが……。」
「心配性だねぇ、オマエは。ンな心配ばっかしてたら、そのうち禿げるぜ、アンヌ。」
「は、禿げたりなんかしません!」
「さぁ、どうだかなぁ。」


楽しそうにケケケと笑い、ノロノロと歩き始めたデスマスク様を追って、私も階段を駆け下りる。
双魚宮に着いた頃には、再び流れ出した暗い雲が細く千切れ、その隙間から青い空が顔を出し始めていた。





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