――コンコンッ。


珍しい来訪者だった。
その日の午後、遠慮気味なノックに続いて顔を見せたのは、一つ上の宮の主であるカミュ様。
冷静というのか、表情に動きが余りないのはシュラ様と通じるものがある彼だが、今日は明らかに眉を顰めた曇り顔をしている。
何かあったのだろうか。
窺うようにカミュ様の顔を見上げていた私に対し、暫し紡ぐべき言葉を選んで無言の時が流れていたが、結局は良い表現が見つからなかったのか。
諦めにも似た溜息と共に、困り果てた声が漏れた。


「……すまない、アンヌ。貴女の力を貸してくれないか?」
「私の力? 何かあったのですか?」
「あった、と言えば、あっただろうな。」


カミュ様には珍しい煮えきらない言葉。
余り声に出して伝えたくはない事なのだろうか。
だとすれば、私は彼の気持ちを汲んで、黙って従うのが賢明。
幸い、こういう場面で、いつも渋い顔をするシュラ様は留守である事だし。


「私が貴女を教皇宮まで連れていく。それならば、この日光に負ける事もあるまい。帰りは執務室にいる者に声を掛けてくれれば、誰かがココまで送るように取り計らっておく。それで問題はないと思うが。」
「そうしていただけると有り難いです。シュラ様が留守とはいえ、夕方まで戻れないのは困りますので。」
「ならば、直ぐにも行こう。時間が惜しい。」


促されるまま、カミュ様に掴まった。
正直、シュラ様に抱き上げられるのですら慣れていないのに、それが他の黄金聖闘士様となると、もうどうして良いのやら。
心臓がバクバクするだけでは済まず、訳が分からなくなってオタオタとしてしまう。


「すまぬが、アンヌ。首に腕を回して、しっかりと掴まっていてくれないか。そうしないと、振り落とされてしまうのだ。」
「え、あ、す、すみません。こういう事は慣れなくて、どうして良いやら……。」


抱き上げる腕の力も、触れる身体の感触や筋肉の弾力も、同じ男性、同じ黄金聖闘士でありながら、シュラ様とは全く違う。
そうと感じ取ったせいで、余計に変な緊張感で身体が強張ってしまうのだ。
どうやって相手に掴まるのか、そんな簡単な事まで分からなくなる程に。


だけど、そこから先は、誰に運ばれるのも変わらない。
強い疾風と強い圧力を身体に受けて、息すら出来ない一瞬の後に、そっと優しく足を下ろされる。
恐る恐る目を開けば、そこは既に教皇宮の中だった。
ふらり、床に着いた足が揺れる。


「大丈夫か、アンヌ? 少し飛ばし過ぎてしまったか。」
「あ、いえ、平気です。」
「ならば、良いが……。」


私が下ろされた場所は、入口から少し中へ入ったところ。
執務室などがある執政部とは反対の方向、ゲストルームなどが並ぶ静かな廊下だった。
とすれば、私の力を貸りたい事柄というのは、一つしか考えられない。


「……歩美さん、ですか?」
「その通りだ。アイオリアが付いているのだが、まぁ、その、あれなのだ。」
「あれ?」
「手が着けられないという事だな。」


一山越えて、また一山。
あれだけの高い山を越えても、まだ、彼等の間に高々と聳え立つ山があるのか。
そう思うと、無意識に溜息が零れるのだった。



→第7話に続く


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